2018年12月31日

 

 

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「#Me Too」を発端とするジェンダーに関する問題や不倫や性風俗といった性愛の倫理にまつわる議論など、男性として恋愛やセックスにうつつを抜かして生きてきた身としては立ち止まって考えざるをえない場面が多かった。インターネットやSNSの議論を眺めていても、発展的な解決策が見つかることはない気がしている(もちろん有意義なものもありますが)。忙しさを言い訳にしていないでちゃんと本を読めという話なのかもしれません。いくら男女のディスコミュニケーションに疲弊しているとはいえ、考えることを放棄していると必ず強烈なしっぺ返しが来る。愛の問題は誰の身にもいつか必ず降り注ぐ。

 個別の人と人が寄り添って生きること。傷つけ、許し合いながら足を止めずに歩くこと。ますます分断が進む社会にあって、愛の尊さを多くの作家たちが鮮やかな切り口で示してくれた。

 

2018年、珠玉の恋愛漫画ベスト10作です。

 

 10.野田彩子『潜熱』

潜熱 (3) (ビッグコミックス)

潜熱 (3) (ビッグコミックス)

 

おれは女子高校生の先行き不安な恋愛モノに弱い。 

 

9.宮原るり僕らはみんな河合荘

涙の大団円。りっちゃんが死ぬほどかわいい。

 

8.新田章『恋のツキ』 

恋のツキ(6) (モーニングコミックス)

恋のツキ(6) (モーニングコミックス)

 

新刊が出るたびに打ちひしがれていますが、いよいよ目が離せない展開に。恋愛における倫理の問題とは……。

 

7.近藤聡乃『A子さんの恋人』

A子さんの恋人 5巻 (ハルタコミックス)

A子さんの恋人 5巻 (ハルタコミックス)

 

こちらも今さらですが。てっきり、みんなA太郎を応援しながら読んでいるのだと思ったけどそうでもないらしい。

 

6.今日マチ子『もものききかじり』

もものききかじり 上

もものききかじり 上

 

おれの大好きな今日マチ子ワールド全開。花椿のWeb連載は本当に質がよいですね。

 

5.ゴトウユキコ『36度』

 

『夫のちんぽが入らない』のコミカライズ版が話題だが、こちらの短編集も秀逸。浮気、不倫、セフレという先行きの見えない関係性のほころびを丁寧に掬い取り、いびつな愛の形を浮き彫りにしている。安易に例えると山本直樹的な詩情もあり、特にセックスの描写は情念たっぷりで、思わず惹き込まれる。今年は長距離移動のたびに江國香織の小説を読んでいたのだけれど、彼女が数十年にわたって描き続けている問題とリンクする部分もかなり多かった。江國で言うところの、不倫関係の男女の間に生まれる「満ち足りた」関係性。しかし、どこまでも私的でクローズドなコミュニケーションは、倫理の前であっけなく崩壊してしまう。倫理の力は強い。ベッキーをはじめとするタレントの不倫問題の例を挙げるまでもなく、恋愛においては常にそうした問題がつきまとう。性に対して清らかな男女が自由恋愛の末に結ばれ、まっすぐに愛を育むという「正しい物語」をなぞることがわれわれには要求されている。しかし、誰もがそれを演じられるわけではない。

 

4.コナリミサト『凪のお暇』

凪のお暇 4 (A.L.C. DX)

凪のお暇 4 (A.L.C. DX)

 

 もう100万部も売れているそうな。序盤でモラハラ彼氏と別れるところから始まる王道ラブコメ(この展開かなり多いな)で、「主体性を持て」「自分の手で選び取れ」的な話ではあるけれど、コマ割りが細かいのにテンポが早いし、貧乏ライフを楽しむ豆知識もふんだんに盛り込まれていたりして、アッサリ読める。「目の前にいる人には誠実だが、目の前にいない人には不誠実」なプレイボーイ・ゴンさんとの決別が描かれた最新巻では、男性キャラの葛藤もじわじわと表出してきた。主人公・凪ちゃんのキュートな振る舞いがいい。ゴンさんも元カレ・慎二もろくでもない雰囲気なのであれだったらおれのほうがまだマシだ。余談だが、社会人になってから、自分の金への執着の深さには驚いた。貯金や節約をするわけでもないが「金がないと何もできない」という強迫観念があり、会社員にもかかわらず自分の抱えている案件の金勘定は欠かさない。清貧、という言葉がぴったりの凪ちゃんの暮らしぶりに感銘を受ける。人目を気にせず自由気ままに生きるって難しいですよね、当たり前ですが。

 

3.鳥飼茜『ロマンス暴風域』

ロマンス暴風域 (2)

ロマンス暴風域 (2)

 

先日、浅野いにおとの結婚を発表した鳥飼茜の最新作。女友達から「自分のことばっかりだよね」と正面切って言われる主人公の独身男性・佐藤に痛く共感する。自由恋愛の競争に敗れた弱者が風俗に依存する姿は、生殖主義の社会にとって不都合な形だ。それゆえに白い目で見られるしバッシングも受ける。『矛盾社会序説』(御田寺圭著)で表すところの「黒い犬(=かわいそうランキング下位の人々)」。誰からも愛されないがゆえに誰のことも愛せない彼らに、誰が救いの手を差し伸べるのか。マッチングアプリの流行を発端に、恋愛市場において再びマッチョイズムが台頭してきたように感じるのは気のせいではないはずだ。「自分の手で選び取れ」というテーゼは常に自己責任論と表裏一体になっている。選ばれざる者の孤独に焦点を当てた本作。「好きなコと笑って暮らす それは大それた夢だったのだろうか」というモノローグから、アラサーを迎えた自分の人生を改めて振り返らずにはいられない。親しい異性が続々と結婚を決め、相手と人生を分け合って家庭を築いていく。われわれの本当の孤独はこれからです。おれはこの半年で食生活が崩壊して6キロ太りました。みなさんはどうするつもりですか、人生。

 

2.はるな檸檬『ダルちゃん』

ダルちゃん: 1 (1) (コミックス単行本)

ダルちゃん: 1 (1) (コミックス単行本)

 

 20代も終盤になると、はるか昔に通り過ぎたはずの「“普通の生き方”とは?」という命題と再び対峙することになる。かりそめの社会性を隠れ蓑に、派遣社員としてなんとか世の中を渡る主人公・ダルちゃん。コンプレックスでがんじがらめになった彼女を救ったのは、詩に乗せて思いを表現することだった。終盤の「私は自分で自分をあたためることができる」という自己受容のセリフに胸を打たれる。退屈で息苦しい世界で、何をよすがに生きるのか−−−。彼女は、職場の同僚・佐藤さんの力も借りながらそれをたぐり寄せることができた。ただ、恋人・ヒロセくんの扱いには少しモヤモヤする。表現を続けるか恋人を別れるかの二択ではなく、表現を続けながら付き合う道もまだ模索できたのでは……。私生活をさらけ出すという彼女の詩作の特性上、誰かと生きることの難しさはあったのかもしれないけれど。

 ヒロセくんが最後まで繊細で優しい人でいてくれたのはよかった。決して本作が「他者とともに生きる」ことを否定しているわけではないということは付け加えておきたい。人に寄り添うこと、表現することの尊さを通じてこの世界をあたたかく肯定してくれる、素晴らしい作品だった。

 

1.大島智子『セッちゃん』

セッちゃん (裏少年サンデーコミックス)

セッちゃん (裏少年サンデーコミックス)

 

「ありがとう」や「ごめんね」の代わりに誰とでもセックスをする女子大生・セッちゃん。「洋服やアクセサリーなんかは男の人に選んでもらった方がいい」「私は私に似合うものがわからない」と言い切る姿は哀しくもあるが、すこし痛快でもある。誰もがたったひとりで「自分で自分をあたためる」道を選べるわけではない。セッちゃんは誰にも選ばれないし、誰のことも選ばない。だから性に奔放でいられる。他人に遠慮なくもたれかかることができる。もうひとりの主人公・アッくんは、彼女と肉体関係を持たないまま、彼女の心の空白にそっと寄り添う。デモを遠巻きに眺め、「退屈な日常」に閉じこもるふたり。冒頭から『リバーズ・エッジ』をはじめとする岡崎京子作品へのリスペクトが見られるが(※1)、比較対象としてよりふさわしいのは岡田利規チェルフィッチュ)の『三月の5日間』か。

 90年代に岡崎京子が、ゼロ年代岡田利規が描いた「退屈な日常/ハルマゲドンへの渇望」的なテーマを再生しつつ、『イージー・ライダー』を彷彿とさせるラストの死でそれらの名作を更新したと思う。退屈を愛した平成カルチャーへの強烈なカウンターだ。近年の恋愛漫画によく見られる依存から自立へ、的なテーマの尊さはじゅうぶん理解しているつもりだけど、やや胃もたれすることもあったので。他者に甘えて何が悪い、とおれは思う。今年ナンバーワンです。

 

※1 岡崎京子との比較は土居伸彰氏の素晴らしい評論がありました↓

https://magazine.manba.co.jp/2018/12/17/special-secchan/

 

今年、新刊が出た漫画からセレクトしました。

映画編、文芸編もやるつもりだったけど時間がなかった。

笹塚より愛を込めて。よいお年を。