71kg

 

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 なんとなくしんどい出来事が続くと海を想像する癖があって、それは大学生のころに友人と何度か出かけた江ノ島だったり、子どものころに家族旅行で連れて行ってもらった沖縄のビーチだったり、『ヤンヤン夏の思い出』で主人公のNJが明け方に散歩をする熱海の海辺だったり。大学のころ、伊豆の旅館に内定が決まっていた友人と飲んだときに「海が近くにあれば大丈夫だと思う」と言っていたのを何度も反芻している。本人ももう覚えていないだろうけど、なぜか私はその後もずっとその言葉を覚えていて、それから「いつか海の近くに引っ越そう」と思っている。

 

 8月はほとんど仕事がなかった。どうすることもできない事情があり、久々の休暇を満喫できるような状態ではなかったが、フリーランスは仕事がなければじっとしているほかない。この期間に考えるべきこと、自省するべきことは山ほどあった。自分の中での区切りとしてオリンピックは開会式だけ録画して観て、それ以降はTVをつけなかった。Twitterはあまりに情報が流れていくスピードが早く、自分で咀嚼して消化できる量をとっくに超えている。ようやく自分の中で考えがまとまったころには河村市長が金メダルをかじっていた。

 複雑な事象をわかりやすい言葉にまとめるというのは意味のあることだろうけど、それは私の仕事ではない。世界はめちゃくちゃ複雑だからテキストはより複雑であるべきだと思う。わかりやすい言葉や咀嚼しやすいテキストへの警戒心は年々強くなっている。

 

 なにもわからないまま、30歳になってしまった。

 

 3月に引っ越した新しいマンションは快適で、その快適さがどうしようもなく不安になる。5年間住んだ木造アパートはキャンプ用のテントとちょうど同じくらいの住み心地で、それに比べると、外気を完全に遮断する鉄筋コンクリートの部屋はなぜかハリボテのように感じる。

 Amazonでインテリアを揃えたり、料理に凝ってみたりするたびになぜか居心地の悪さを感じてしまう。仕事のない数日間を家の中にこもって過ごして、そのうちに海の近くの物件を探しはじめた。仕事の現場は都内がほとんどなのでまったく現実的ではないのだが、いつか古い一軒家を借りて海の近くで暮らしたい。

 

 今年に入って8キロ太った。半年ほど前から周囲の友人には「ちょっと最近太ってさ」と時々こぼしていたのだが、それは「全然そんなことないじゃん」と言ってもらうための材料に過ぎなかった。しかし、今は違う。さすがに8キロ太るとシルエットも以前と同じではないし、誰の目から見ても明らかに太っている。原因は在宅勤務で自炊が増えたこと、禁煙のカフェが増えて煙草を以前ほど吸わなくなったこと、運動不足、昼夜逆転の生活、そして加齢による抗えない代謝の衰え。

 ある程度太っていても健康な精神を持ったまま過ごせる人と、そうではない人がいると思う。私は完全に後者だ。「太ったんじゃない?」と言われたらかなり本気で傷つくし、現状それをイジられたとしてもうまく返せない。もともと目つきもしゃべり方もあまり上品とは言えないので、恰幅が出てくると見かけが悪すぎる。私はなんとなくシュッとしている、というイメージで10年以上やってきたのだ。これまで一度も太ったことがなかった。

 

 私の言語感覚や所作やテキストはすべて63キロの私の身体によって生み出されたものであって、71キロの体にはなにもかもそぐわない。長髪も似合わないし、今まで買った服も着ることができない。あと今マジで人に会いたくない。

 身体の物理的な質量やフォルムはアイデンティティと密接に結びついているのだと思う。現在の70キロ以上ある私は、かつての細身だった私とは別の人間になっていてもおかしくはない(舞城王太郎の『好き好き大好き超愛してる』でそんな話がありました)。

 70キロ以上ある私はかつてのように好きな服を着ることができないし、カッコつけたセリフを言うことができない。最近、初対面の人には「最近太っちゃって……」と謎の言い訳をしている。そもそも以前の私を知らないのだから、なんのこっちゃだと思う。それくらい私は錯乱している。

 

 高校野球を引退したとき、私は自分の野球人生を振り返って、自分が野球以外のなにも知らないことに心の底から絶望した。同級生たちが友人たちと青春を過ごし、素敵な音楽や映画に触れたりしている間、私は他のことに目もくれずにひたすら野球の練習をしていた。甲子園に行ったりしていれば美談にもなるのだが、野球と引き換えに失ったものの多さに愕然とした。

 自分がどうしようもない野球バカに思えて恥ずかしくなり、今後はなるべくスポーツと関わらずに人生を歩もうと決めた。今となっては極端すぎて笑ってしまうような話だが、当時の私にとってはなかなか切実な問題だったのだ。

 そうした自意識の障壁によって、「ダイエットのためにスポーツジムに通う」という選択肢をとることが難しい。ジムという言葉を聞くだけでぞわっとしてしまう。自分がまたスポーツが大好きな人間になってしまうのが怖い。高校時代、それなりにトレーニングに没頭した。少しずつ筋肉がつき、直球のスピードが上がるのが純粋にうれしかった。

 たぶん、私はまたすぐにスポーツが好きになってしまう。それが怖い。

 ただ、絶対に63キロに戻さないといけない。無理なダイエットは続かないので、とりあえず1ヶ月を目標に、炭水化物を抜いている。スポーツジムに通うかはその結果次第で考えようと思う。

 

以下、最近聴いたもの

 

FARMHOUSE - 朝が来るまで feat. EVIDENCE (official music video)


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夜中に散歩するときに聴いています。

 

DENIMS - “I’m” (Official Music Video)


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ロングコートダディの単独でも流れていました。

 

すばらしか - 隠そうとしてるだけ! (Official Music Video)


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みんな言ってますがダウ90000蓮見翔さんの『夜衝』が素晴らしかったこともあって、劇伴で流れていたこの曲をなんどもリピートしています。

 

乃木坂46『思い出ファースト』


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梅澤さんが大園さんからの手紙を受け取るシーンから泣けて仕方がなかった。最後の合唱、そして花火で完全にやられてしまいました。

 

ガクヅケ木田 - 後輩君(PV)


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 芸人雑誌編集長の福田くんが「マジで最高なんで」と教えてくれたガクヅケ木田さんのラップをずっと聴いている。マジで最高。

 

RYUTist - 水硝子【Official Video】


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RYUTistはここ数年コンスタントにいい曲を出し続けているのですごい。

 

おわり