2019年の書籍、漫画、テレビ、ラジオ、演劇など
会社を辞めてから3か月が経った。フリーになってから依頼のあった仕事をほぼ全部受けたこともあり「睡眠時間は削らないほうがいい」ということを身をもって思い知った。先月は夢の中でも原稿を書いていた。
日記を書くのも3か月ぶりになってしまった。11月の文フリに合わせて元カレインタビュー本『そんな時代があったことなどとうに忘れて』の第二弾をなんとか刊行。今回はほぼ初対面の人に話を聞いたり、一章ごとの構成を長めにしたりと細かい部分を変更しつつ、インタビュイーの語り口をなるべくそのまま残すという大筋の部分は変えていない。どこにも書かれることのない私的なエピソードを客観的に記録する、というところに自分が書く意味を見出している。文フリ当日は知り合いにもそうでない人にもたくさん声をかけてもらって「読んでくれる人がいるんだな」と感慨深い気持ちに。九龍ジョーさんの『Didion vol.3』、合同誌『USO』、『前略』、ミワさんの『生活の途中で』などを購入した。不恰好でも同人誌を作り続けていると知り合いが増えるので楽しい。個人的には本格的にルポをやりたいと思っています。
※『そんな時代があったことなどとうに忘れて』はこちらから注文できます。下北沢B&Bでも展開中です。
https://summersail91.stores.jp/
12月発売の『QuickJapan』では空気階段の特集を担当。QJでゼロから企画を立てるのは初めてだったので年末はなかなかの大仕事だった。TBSラジオ「空気階段の踊り場」の放送にお邪魔したり、草月ホールでのイベント「大踊り場」で峯田和伸さんとの共演の様子をレポートしたりと、夢のような取材期間だった。PUNPEEイヤーブック、BEYOOOOONDSスタッフインタビューの構成・執筆なども担当しています。どうかひとりでも多くの人の手に渡ってほしい。
仕事の面ではハードコアな経験を積んだ一方で、私生活には特に変化のなかった2019年。以下、個人的に深く印象に残ったさまざまなカルチャーを駆け足で振り返っていきます。ランキングではないので順不同です。
■書籍
上半期は小説、下半期は社会学・人文学系の本をぱらぱらと読みました。並べてみると本屋大賞っぽいラインナップですね。
川上未映子『夏物語』
2019年の後半、「生まれてくること」はよいことなのか、というテーマについて考えをめぐらせた時期でもあった。『現代思想』の反出生主義特集とあわせて読み直した。シリアスな問題と向き合いながら物語を紡いでいくしなやかな手つきに感動しました。
町屋良平『愛が嫌い』
「愛がこわいぼくは好きな相手と生活しただけで萎えてしまって、それでもなんとかやさしくしたかった。しかし、「情が湧く」という定型の実感だけは全くもたらされなかった」
他者への愛情や優しさは所与のものではなく、コミュニケーションを重ねて後天的に習得していくものなのだろう。社会的によいとされる規範から外れてしまった男性の心もとなさを町屋良平は丁寧に描いている。
高山羽根子『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』
他者の視線から、暴力から、欲望から、自分を守るために「私」は淡々と過去の記憶に向き合う。深い傷を抱えながら疾走するラストシーンは圧巻。
清水裕貴『ここは夜の水のほとり』
短編「最後の肖像」が素晴らしい。知り合いの肖像が本人と結びつかない、という“写真”というメディアの歪みには個人的にとても関心がある。
佐川恭一『受賞第一作』
エロと承認欲求が渦巻く本作、根底にあるのは「幸せになりたい」という純粋な欲望だ。佐川氏はほかにも『サークルクラッシャー麻紀』、『童Q正伝』、『シュトラーパゼムの穏やかな午後』など怪作揃い。インテリ童貞たちのリビドーほとばしる一人語りは涙を誘う。
岸政彦『図書室』
表題作の「図書室」はもちろん、後半の「給水塔」が印象的。大阪での暮らしとその風景がディティールの素描から浮かび上がってくる。
小松成美『M 愛すべき人がいて』
なにかと平成の終わりを意識させられることが多かった今年、これに触れないわけにはいかないような気がする。小松成美氏の端正で儚い文体が「あゆ」のイメージにマッチしていた。
中原昌也『パートタイム・デスライフ』
もはや内容云々ではなく中原昌也が今なお小説と格闘しているという事実に興奮する。時代を猛スピードで逆走する中原昌也ここにあり。
綿野恵太『「差別はいけない」とみんないうけれど。』
パワハラ、セクハラ、女性差別など昨今の人権問題について考えるうえで「アイデンティティ」と「シチズンシップ」という定義を引くと自分の頭の中が整理されるのでよかった。
高橋ユキ『つけびの村』
取材対象者たちの発言の違和感、価値観のズレを掘り下げていく描写がスリリング。
■漫画
今年は恋愛モノ以外の漫画も読みました。文芸と同様にわりと売れ筋のものを追っている感じですが、今年の個人的なテーマは「わかりあえなさ」だったような気がします。
山口つばさ『ブルー・ピリオド』
王道のスポ根受験モノ。顧問の先生の言葉を通じて絵画の魅力が伝わってくる。日本の美術と受験絵画の連関についてはパープルーム予備校の梅津庸一氏が詳しく語っているのでこちらも合わせて読んでほしい。
なぜ、パープルーム予備校か?
【梅津庸一インタビュー・前編】
https://bijutsutecho.com/magazine/interview/2489
田島列島『水は海に向かって流れる』
父親の不倫を軸に複雑に絡み合う人間関係、それでも「ふつう」の生活を追い求める直達と住民たちのたくましさ。榊さんの優しさが心にしみる。
瀬川藤子『コノマチキネマ』
こちらも疑似家族的なコミュニティのお話です。初めてのひとり暮らしの高揚感が楽しい。
石黒正数『天国大魔境』
マルとキルコの過去が明かされ、目が離せない展開になってきました。『少女終末旅行』を彷彿とさせるディストピアの描写にグッとくる。
noho『となりの妖怪さん』
妖怪と人間というわかりあえない生き物同士が「おとなりさんだから」という理由で助け合いながら社会での共生をめざしていく姿が美しい。
王道ラジオ漫画かと思いきや殺人事件編、カルト宗教編とますますカオスな展開に。北海道ローカル情報はいつか旅行にでかけたときに参考にしたい。
フォビドゥン澁川『スナックバス江』
こちらも札幌が舞台のスナック・ギャグ漫画。あんなスナックがあったら毎日通ってしまう。おれは明美ちゃんが好きで好きで仕方ない。
奥田亜紀子『心臓』
2019年ベストです。
阿部共実『潮が舞い子が舞い』
こちらも個性豊かなクラスメイトたちの「共生」を描いた作品。教室モノはよいですね。
■テレビ
毎週日曜0時からの『乃木坂工事中』『欅って、書けない?』『日向坂で会いましょう』の坂道バラエティ3連発が生活の支えになっている。なかでも2019年を代表するアイドルバラエティに成長した『日向坂で会いましょう』。バラエティ能力が異常発達している日向坂46の今後が楽しみですが、おれは毎回おすしこと金村美玖さんが収録を楽しめているのか気になって仕方ない。一方で『欅って、書けない?』は相変わらずスタジオの空気の膠着っぷりから目が離せません。日向坂が異常なだけでこっちの方が普通だよな、と授業参観のような穏やかな気持ちで楽しんでいる。
ついに全国放送となった『オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです』は相変わらずローカル感たっぷりでうれしい。素人と抜き身の一本勝負を繰り広げるオードリーの真骨頂が見れます。佐久間Pが演出を手がける『あちこちオードリー』もおもしろいですね。
『相席食堂』は某O田出版会議室で2日間かけて15回分を一気に視聴。今年いちばん愉快なお仕事でした。Netflixでの配信も始まったようなので、QJの相席食堂特集とあわせてぜひ。個人的には千原せいじ回、磯野貴理子回、杉本彩回がおすすめです。
■ラジオ
『オードリーのオールナイトニッポン』はラジオ関連本が刊行された後も相変わらず毎週聴き続けています。武道館ライブからはじまった2019年は激動の1年に。春日フライデー事件直後、若林の咆哮が冴え渡った4月27日の放送が個人的には印象深い。8月31日の「さよならむつみ荘」も胸に刺さりました。おれもいつか笹塚のアパートを出たら春日と同じく帰り道に旧居を見に行ってしまう気がする。そしてなんといっても11月23日の若林さんサプライズ結婚回。おめでとうございます。
昨年の「かたまり号泣プロポーズ」をきっかけに聴き始めた『空気階段の踊り場』(TBSラジオ)は「駆け抜けてもぐら」(4月5日)が個人的ベスト回です。あとは「カネの人」(3月8日)、「元カノとメシ行くタイプ」(5月24日)、「かたまり元サヤ」(7月26日)とか。どれもめちゃくちゃおもしろいです。30分番組だし、年末年始に聴き始める人にもちょうどいいのではないでしょうか。ラジオクラウドでほぼ全部聴けます。
『アルコ&ピースD.C.GAREGE』(TBSラジオ)はゴッドタンの「マジ嫌い選手権」で自分に似た俳優を使って平子を本気で刺しに行った作家・福田が裁判にかけられる回。テレ東佐久間氏の踏み絵のくだりで死ぬほど笑った。
アルピー酒井が静岡の国王として君臨している『チョコレートナナナナイト』(SBSラジオ)はやばたんこと矢端名結アナの誕生日回がめちゃくちゃ楽しい。『三四郎のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)は放送初期の月給3万だった時代と比べてみると相田さんの金銭感覚の狂い方が尋常じゃなくなってきています。最近はTOKYO FMの『杉咲花のFrower TOKYO』が日々の癒し。ホリケンゲスト回は杉咲さんのピュアさが際立っていて最高でした。
■演劇
2019年のベストは月刊「根本宗子」『今、できる、精一杯』。どこまでも人間はわかりあえない、という絶望の前でそれでも「おしゃべり」を諦めないという根本宗子のスタンスに胸を打たれる。はたから見れば滑稽な行動や言動もすべて「精一杯」の結果。だから誰も悪くないし、間違っていない。誰だって正解は知らないのだ。
一貫してディスコミュニケーションから生まれる笑いを描いてきた玉田企画は、『かえるバード』で新たな展開を見せた。第三者の視点から集団内の「気まずさ」を軸にしてきた前作までとは一転して、『かえるバード』では一対一のヒリヒリするようなセリフの応酬が繰り広げられ、客席にいながら傍観者でいられないような緊張感を味わった。
ロロの本公演『はなればなれたち』も圧巻だった。演劇を通じて結ばれた仲間たちの歩みを振り返りながら、新しい旅の始まりを告げる。五反田団『偉大なる生活の冒険』の再演も印象深い。
そして12月の蛙亭単独公演「東京無限大青春朝焼物語」。殉職した上官のスマホから同僚のハメ撮りが大量に出てくる、今は亡き父親がかつて出演したAVを親子で鑑賞する、という気が狂ったような設定のコントの数々に死ぬほど笑いました。
だいぶ駆け足になってしまいましたがこんな感じでしょうか。「人間はわかりあえない」という前提に立ってそれでもコミュニケーションをあきらめない執念こそが共生への第一歩かもしれません。毎年だいたい同じ結論に至っているのでおれ自身にはあまり進歩がないですね。
みなさまよいお年を。笹塚より愛を込めて。