2019年9月3日

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 柄の折れたビニール傘が植え込みに捨てられていた。透明のしゃぼん玉が宙に舞い、ふわふわと風に乗って飛ぶ。

 目の前まで飛んできたそれを人さし指で払うと、ハーフパンツの裾に液体が落ちてちいさな染みになった。

 

 埼玉県に引っ越してから、夏になると実家の近くの公園には近所のやんちゃな高校生たちが花火で遊んだ形跡がそこかしこに残っていた。同じ少年野球チームに入っていた友だちと学校へ行く前にランニングをしていて、1周は2キロ程度のコース、30分くらい走って、ゴールの公園の砂場に燃え残った花火があった。

 今となってはなんてことのない話だけど、そのころは友だちと夜に出歩いて遊びに行くことができなかったから、高校生の彼らがとても大人に感じられた。日が沈んだあとも自由に外を出歩けることがうらやましかった。

 早く大人になって、夜中の公園で花火をしてみたいと思った。

 

 大人になってからなんども賑やかな夜を遊んだけれど、そのとき期待していたほどおもしろくはなかった。

 

 芝生のほうで幼い姉妹がしゃぼん玉を吹いて遊んでいる。

「しゃぼん玉にガムシロップを混ぜると割れにくくなるんだよ」

 ずっと眠そうにしていた友人はそう言って自販機の方へ歩いて行った。

 ガムシロップ、家のキッチンにあった気がするな。

 しばらくすると姉妹はしゃぼん玉遊びに飽きて、かくれんぼのような遊びをはじめた。友人はカルピスのペットボトルを買って戻ってきた。

 

 

 まだほとんど言葉を知らない子どものころは山梨県に住んでいて、日曜にはおじいさんが紙芝居の箱を乗せた自転車を引いて公園にやってくる。

 おじいさんは「カチ、カチ」と拍子木を叩き、公園にいる子どもたちを集める。そして紙芝居を朗読し、それがひととおり終わると水飴を100円で売っていた。

 今から考えると謎の多い話だ。紙芝居の内容も「桃太郎」や「さるかに合戦」のような定番の童話ではなく、オリジナル作品だったような気がする。

 以前、甲府出身の後輩にその話をしたところ、彼女もおじいさんの紙芝居を見て水飴を買っていたという。あれはなんだったのだろうと思って調べてみると「山梨県唯一の紙芝居師」という朝日新聞デジタルの記事が出てきた。

 

www.asahi.com

 

「とんころブウちゃん」という作品のタイトルにも聞き覚えがある。記事に登場する小倉功さんは「97年に引き継いだ」と書かれているので、おれが見ていたのはおそらく先代の方だったのかもしれない。

 20年以上も経っているのに、水飴のべったりとした甘さは鮮明に思い出せる。「メロン味がほしい」と言うと、おじいさんは「メロン、メロン、メロン!」と呪文を唱えながら水飴の壺を混ぜた。

 

 金曜日、8時に起きて笹塚駅エクセルシオールでアイスコーヒーを飲む。MacBookを立ち上げて原稿の続きを書いたり、たまにYouTubeでアイドルの動画をチェックしたり。煙草を吸いながら近くにいる人たちの会話に耳を傾ける。

 意図も内容も汲み取れない発話の断片から、それぞれの人生を想像する。希望に満ちた人もいれば、今から会社と反対方向の電車に飛び乗りそうな人もいる。当たり前のことだけれど。

 「ジュリアン・オピー展」(東京オペラシティアートギャラリー)は、街をゆく群衆の匿名性を浮かび上がらせた展示だった。人間を個ではなく群として捉えたイメージはデザインが洗練されているぶん、余計にグロテスクに見えてしまう。個性を消し去られた顔のない人々。抽象化された動作とシルエットは、都市に生きる人間の多くが代替可能であることを強く意識させる。決してそんなことはないはずなのだけど。

 もやもやした気持ちを抱えたままオペラシティを出て、甲州街道沿いを歩いて新宿へ。西口のバスロータリー付近は多くの人で賑わっていたが、彼/彼女たちはジュリアン・オピーのイメージに回収されることはない。

 

 テーマ特集の編集・執筆などを担当したQuickJapan vol.145が発売に。ギャルたちの自由でたくましい生き方が提示できたと思う。『霜降りバラエティ』『霜降り明星オールナイトニッポン0』『霜降り明星のだましうち』などの番組スタッフ取材も担当しました。今回のQJもめちゃめちゃ楽しかった。

 

クイック・ジャパン145

クイック・ジャパン145

 

 

 

 品川のキヤノンギャラリーで写真家の上原沙也加の展覧会を見た。「The Others」というタイトルの通り、日常の視界から見落とされてしまうモチーフを切り取った美しいスナップ。何気ない生活風景を映していても、ところどころに沖縄の歴史の傷跡が浮かび上がる。大学院のとき、倉石先生のゼミで一緒に学んでいた。そのころよりも、切り取るモチーフに政治性を帯びたメッセージが感じられた。

 有名/無名に関わらず、写真を撮り続けている人たちをとても尊敬している。

 

 何年か前に読んだ「義憤を通して社会に参加しない自由がある、でもそれは不公正を是認することと同じではない」というテキストがずっと印象に残っている。政治や社会のトピックに対してSNS上で不毛なポジショントークが展開されるのを見るにつけ、その言葉を思い出す。おれは編集・ライターという肩書きで仕事をしているが、それは決して「ネットで素早く意見を言う」という仕事を指すわけではない。たとえ沈黙していても社会に対して問い続けることをやめない。

「葬式で泣かない人が非難されるべきではない」。

 

 「オードリーのオールナイトニッポン」、8月30日のスペシャルウィークはむつみ荘からの放送。新居に引っ越した今でもむつみ荘を見に行ってしまう春日の思い出が語られる。改めて「部屋」への愛情の深さを感じるエピソードの数々に、最終回を聴いているような気持ちになった。おれも笹塚のアパートから引っ越したらしばらくは毎日見にきてしまうかもしれない。

 

 日向坂46の1st写真集『立ち漕ぎ』がもう涙が出るほどの傑作で、寝る前に毎日ページをめくってしまう。おれはアイドルに対しての批評的視点を持ち合わせていないので、今はただ「かわいいな……」と思うのみ。それはそれでどうなんだ、と思うので最近はちょっと反省している。

 

 おれにとって2019年のNo.1コンテンツは『日向坂で会いましょう』です。最近はオードリーの小ボケに対する松田好花のリアクションの素晴らしさに注目している。ワイプで抜かれるたびにその表情の豊かさに驚かされる。

 ここ数回の放送ではひな壇の後列右側に松田好花・宮田愛萌・金村美玖の3人が並んでいて、3人とも常にリアクションがいいので観ていて楽しい。慣れない仕事に冷や汗をかいた日も、鬱々と非生産的な時間を過ごした日も、テレビの向こう側にいる彼女たちの笑顔がすべて肯定してくれる。

 

日向坂46ファースト写真集 立ち漕ぎ

日向坂46ファースト写真集 立ち漕ぎ

 

 

 

 毎年8月31日になると「夏休みが終わる」と感じる。

 でも、思い返してみると高校生のころはほぼ毎日部活の練習があって、夏休みはそんなに惜しむようなものでもなかった。大学は別に行っても行かなくてもいいやみたいな感じだったので、「夏休み」という特別な感覚もなかった。

 中学校はほんとうに行くのが嫌だったので、明確に「夏休みが終わる」ことに傷ついていたのはあのときが最後だったと思う。

 今年の8月31日は『ウィーアーリトルゾンビーズ』の特別配信を見ながらピザを食べて過ごした。それぞれの事情で両親を亡くした13歳たちの『スタンド・バイ・ミー』を彷彿とさせる青春ストーリー。

 ヒロインを演じる中島セナの眼に心を奪われた。『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の奥菜恵を彷彿とさせるファム・ファタル。いわゆる青春映画のヒロインに求められる聖母のようなイメージを華麗に回避して、彼女に甘えたがる男子たちを「キモい」と一蹴するカッコよさ。まだ13歳だそうで、今後も追いかけていたい。

 

 9月1日、下北沢B&Bにて小説家の高山羽根子×町屋良平のトーク高山羽根子の『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』は社会の不条理を静かに問う物語だ。語り手は「義憤を通して社会に参加しない」という道を選び、自らの記憶を淡々と掘り下げていく。祖母の死、幼少期に受けた性被害、そしてラストで明かされる過去の大きな傷跡。トークでは絵画科出身の高山が小説の描写を「絵」にたとえていて、わずかながら本作の持つ深みにも触れられたような気がした。

 一方の町屋良平は語り手の内面に深く潜り込んでいく作家で、あまりモノローグを書き込まない高山とは対照的だった。「小説を読んでいるときによく『書きすぎている』と感じることがある」という町屋良平の言葉が印象的だった。書かれなかったことにこそテキストの豊かさがあるのかもしれない。

 

 

カム・ギャザー・ラウンド・ピープル

カム・ギャザー・ラウンド・ピープル

 

 

 

愛が嫌い

愛が嫌い

 

 

 

「オイカワくんって高校のときは別にそんなイケイケって感じでもなくて、サッカー部だけど別に目立つ感じじゃなかったから、なんていうかモサっとしたおとなしい人ってイメージ。でも勉強はできたんですよね。3年のときにクラスが一緒で、話したこともほとんどなかったけど。ただ仙台の高校で東京の大学に行く子も少なかったんで。卒業式の時にノリでLINE交換しました。「東京行ったら飲もう」って言われて。で、大学入ってからもたまに連絡とったりはしてたんですけど、特に会ったりはしてなくて、それで3年生になる前、留学から帰ってきたあたりでLINEでなんか飲みに誘われて。私もちょうど春休みで暇してたから、行ったんです、恵比寿のなんか高そうなお店で。月40万稼いでるとか言ってました、服もちょっとオシャレになってたし、髪もなんかバキっとした七三分けで。「今、チャンスだよ。田中も頑張れば月30万とかは余裕でいける」とか言われて。他にやることもなかったけど、なんか怪しいから私はやらなかったんです。それでまあ仕事は断ったんですけど、オイカワくんはそのあとも飲みに誘ってきて、気づいたらまあ一緒に住むことになったんですよね」

(都内某コーヒーチェーンにて、オイカワくんについて。一部フィクション)