2019年9月23日

 

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 9月13日、28歳になった。当日は会社の数人と飲みに出かけた。

 28歳時点の自分は想像していたよりもずいぶんマシ、というか数年前の予想と比べるとなかなか上出来だ。大学4年次と大学院の2年次、二度にわたって新卒の就職活動を投げ出しているので「仕事をしている」という現状だけでもじゅうぶん立派だと思う。もっとろくでもない20代を過ごすと思っていた。さすがに法に触れるようなことはないと思っていたが、メンタルを崩して実家に引きこもるくらいは余裕でありえるだろうと予想を立てていた。

 なにも成し遂げてはいないしどちらかと言えば敗走を繰り返した20代だったが、得るものはそれなりにあった。手に入らなかったものは少しずつ諦めていくだけだ。

 

 9月14日、吉祥寺のギャラリーamalaで高橋恭司展『LOST 遺失』。言語化しようとすると本質が滑り落ちていくような、つかみどころのない写真だった。ドイツの墓標や鳥や通行人が脈絡なく切り取られたハイキーなスナップ。印画紙から読み取れる情報は複雑に混線しているが、一枚一枚の持つ説得力がギリギリのところで展示を成立させている。新刊の写真集『WOrld's End』を購入。鳥のモチーフについて高橋恭司氏にいくつか質問したが、想定の斜め上の答えが返ってきた。

 夜はご近所のカメラマン小野さん、ボタン作家の夕加さんと合同で誕生日会を開いてもらった。吉祥寺の居酒屋で、2次会からはデザイナーさんたちも合流しほぼ初対面のメンバーだったがたわいもない話で盛り上がった。

 

 最近のおれはそれなりに社交性がある。翌日、季節の変わり目のせいか久々に体調を崩して寝込んだ。

 

 9月16日、新宿のバルト9で『天気の子』。完璧に作り込まれたファンタジーの世界で躍動する少年少女。随所にエモーショナルな新宿の街景が挿し込まれる新海誠ワールドに少々胸焼けしつつも、美しい冒険物語に惹き込まれてしまった。本田翼の声の演技が素晴らしすぎる。『最終兵器彼女』的なエッセンスを加えつつ、ディストピアと化した東京で繰り広げられる恋愛劇。ラブホテルでカップラーメンをすするシーンが最高でした。

 どうでもいいけど新宿区の零細編集プロダクションが頻繁に登場していたのでそちらにばかり目が行ってしまった。義理人情に厚そうに見えてやっかいごとから手を引く判断のスピードはさすが編プロの経営者。

 

 3ヶ月ほど前に虫歯ができて歯科医院に通っていたが、なぜか麻酔がまったく効かず大学病院に転送される。そこで「せっかくなら親知らずも抜いたほうがいい」と言われ、入院して全身麻酔で抜くことに。麻酔の事前検診などもあり、8月は毎週のように大学病院に通っていた。  

 全身麻酔の威力はすごい。腕に針を刺してからものの数秒で意識を失い、次の瞬間にはもう手術は終わっている。目が覚めて、担当の看護師さんに「意外とすぐ終わるんですね」と聞くと「これでも4時間はかかってるんですよ」と言われた。人間の時間感覚なんて薬でどうにでもなってしまう。もし数年分の意識が飛ぶような麻酔があれば次に目覚めるころには30歳になっている、ということも起こり得るわけだ。たとえば勉強やスポーツの練習を積み重ねてきた時間とか、誰かと一緒に共有してきた長い時間とか、そういうことにおれはそれなりに意味を見出していたけれど、たかだか数滴の薬で吹っ飛んでしまうような時間感覚に果たして信頼を置くことはできるのか。

 

 9月18日、全身麻酔による手術を終えて、本当は安静しなければいけないのだけど、痛みも引いてきたのでふらふらとした足取りで新宿タワーレコードへ。カネコアヤノのインストアライブはイベントスペースから人が溢れるほどの大盛況。もうインストアでやることないだろうな。30分前に到着したころにはステージ前はすでに缶詰状態で、フロアのいちばん端からステージを眺めた。それでもカネコアヤノの歌う姿を遠目から見ることができて大満足。『燦々』、めちゃめちゃ素敵なアルバムです。

 

“たくさん抱えていたい/次の夏には好きな人連れて/月までバカンスしたい”

 


カネコアヤノ - 光の方へ

 

 

 9月19日、渋谷WWWXで『Quick Japan LIVE』。Mellow Youth 、ユアネス、ghost like girlfriendとフレッシュなアーティストが揃う。Ghost like girlfriend、パフォーマンスも素晴らしくて驚いた。遠目から見ても華がある。4組目のラッキーキリマンジャロまで観たところで離脱。池袋にて、今年いろいろと仕事でお世話になった方々と懇親会。

 時期的にも予定がたくさんあるわけではないはずだけど、なぜか忙しい。

 

 9月20日、普段お世話になっているカメラマンさんたちとドライブで清里へ。秋晴れの気持ちのいい日だった。おれは結局、今年いちども運転をしていない。清里フォトミュージアムで『ロバート・フランク展–もう一度、写真の話をしないか。』を観る。1週間前にロバート・フランクの訃報が流れたばかりというタイミングで、展覧会はフォーマルな構成も相まって回顧展のように映った。パリでの写真が印象に残るが、おれはロバート・フランクの写真について何も理解することができなかった。

 清里フォトミュージアムはコンクリートの建築も美しく、中庭に敷かれた芝生も爽快だった。夜は新宿の思い出横丁の岐阜屋から歌舞伎町のジャズバー・ナルシスへ。エドワード・ヤンの映画や高橋恭司の写真についていろいろ話した。車中でロラン・バルトの話題になり、帰宅してから学生時代ぶりに『明るい部屋』を読み返した。当時よりも写真を撮ることから離れた今の方が、不思議と内容が頭に入ってくる。

 

明るい部屋―写真についての覚書

明るい部屋―写真についての覚書

 

 

 

 9月21日、自宅で『キングオブコント2019』の生放送を観る。おれの一押しはよしもとの男女コンビ・蛙亭だったが決勝には上がれず。何年か前にテレビで観た「クラスで浮いている女子が腹に爆弾を巻いて登校してくる」というネタはエキセントリックな文学性を帯びた傑作だったのだけど、今は動画サイトでも観ることができない。M-1はなんとか勝ち抜けてほしい。ABCお笑いグランプリを制したファイヤーサンダー、『にちようチャップリン』の常連だったジェラードンも準決勝敗退。決勝出場者がシークレットなのも賛否両論あったようだけど、個人的には予選の結果発表のシーンが流れるたびにテンションが上がるので楽しかった。

 本戦で印象に残ったのはビスケットブラザーズゾフィーかが屋ジャルジャル。特にゾフィーは腹話術人形の「ふくちゃん」が記者のほうへゆっくり顔を向ける場面で死ぬほど笑った。ビスケットブラザーズはままごと『わが星』のような台詞回し。コントになるとあんなに笑えるとは思わなかった。

 空気階段のタクシーのネタは最後まで爆発せず。しかし水川かたまりの「お笑いのある世界に生まれてよかったです」という敗退コメントは今回のMVPでした。昨年は準決勝敗退のショックで酒に溺れ、彼女に振られてと散々だった水川かたまりのキングオブコント。今年はどうかおだやかに過ごせますよう。

  

 ほぼ新卒(正確には既卒だけど)で入社した編集プロダクションを退職して、明日からフリーランスになる。大学院を出て運よく拾ってもらってから3年半、会社員生活は楽しい思い出しかなかった。体力的にはしんどい時期もあったけれど。もういちど学生に戻ったとしても、この会社に入りたいと思う。ついていく大人を間違えなかったのは、自分の20代で唯一誇れることだ。

 個人で受けていた雑誌の仕事が増えたのが独立のおおきな理由のひとつ。少し不安はあるけれど(現状けっこうスケジュール空いてるし)なんだかんだしぶとくやっていくしかないという気持ち。どんな仕事をしていたってテキストは書ける。