2022年のベスト50
夏に自律神経失調症を患い、さらに抑うつ症状がひどく出たため心療内科にかかったところ適応障害との診断を受けた。フリーになってからめちゃくちゃな働き方をしていたのでいつかは体を壊すだろうと思っていたが、メンタル面のダメージは自分で思っていたよりも大きかった。ちょっとした緊張や不安で動悸が止まらず、やがて呼吸の仕方がわからなくなって過呼吸を起こし、1週間で3回も深夜救急で治療を受けた。
9月に入り、身体症状が少し和らいでくると今度はうつの症状がひどくなった。仕事のスタッフからメールが届くたびに叱責されているような気持ちになり、編集部のSlackで通知が飛んでくると冷や汗が止まらなくなった。ノートパソコンに向かうと体が硬直し、ほとんど気絶したまま3時間くらい経っていることもあった。死にたいとはギリギリ思わなかったが、毎日眠ってまた次の日の朝が来るのが本当に恐ろしかった。
初めての抗うつ剤治療は本当に体が持たず、2週間ほど飲み続けても一向に症状がよくならなかった。副作用が特にひどく、吐き気と頭痛で最初のうちはほとんどベッドの上から動けなかった。しかしうつ症状は毎日16時になると少し軽くなり(うつ患者によくある日内変動というものらしい)、夕方から深夜にかけては抗不安薬を飲みながら通常時の半分程度のスピードでなんとか業務をこなすことができた。毎日、明け方に乃木坂46の動画を観ながら睡眠薬の力を借りて眠りについた。
抗うつ剤を飲みはじめてから20日ほど経ち、ようやく効果が現れてからは目に見えて心も体も回復していった。それまでは仕事での必要最低限の会話以外はとてもできる状態ではなかったが、プライベートでも少しずつ人と会えるようになった。抗不安薬が常時手放せない状態から少しずつ薬の量を減らし、今では本当に緊張する現場のときだけ飲むようにしている。抗うつ剤は今でも欠かさず飲み続けているが、来年からは徐々に減らしていく予定だ。LINEや電話で相談に乗ってくれた友人たち、仕事のフォローをしてくださった関係者の方々、適切なアドバイスをくださった医師やカウンセラーの方々には本当に感謝しています。
まだ寛解とまではいかないが、医師からは驚異的なスピードで回復していると聞いた。なので2022年の総括は「生きているだけで100点」です。
いきなり暗い話になりましたが、体調を壊しながらもなかなか充実した仕事ができた1年だったのではないかと思う。こんなひどいコンディションで仕事を続けていたのは今思えば狂っているが、それでも自分が熱を持って作っている特集を手放すよりはマシだと思っていた。でも次からは絶対に、体を壊す前に休みます。
そんなわけで今年の下半期は『クイック・ジャパン』で長濱ねる特集、Aマッソ特集と2本の表紙特集を作り、それぞれ(課題は残ったものの)多くの反響に手応えを感じることができました。ぜひ買ってね!
そして体調が回復した10月ごろに太田出版で社員の話が持ち上がり、面接を受け、来年から就職することになりました。自分の体調を慮って特集制作のサポートや社員契約のために奔走していただいたQJの小林編集長には本当に感謝しかありません。
フリーライター/編集者としてのお仕事は2022年をもって一旦終わりとなりますが、3年半の間、本当にさまざまな媒体でお世話になりました。今後は『クイック・ジャパン』と太田出版の業務に専念いたします。
というわけで以下2022年の個人的ベスト50をお届け。整理する時間がなかったのでなんでもアリだよ!
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50.綿矢りさ『嫌いなら呼ぶなよ』
49.藤岡拓太郎『ぞうのマメパオ』
48.渡辺歩『サマータイムレンダ』
47.本城直季 『(un)real utopia』(東京都写真美術館)
46.西澤千央『女芸人の壁』
45.NewJeans『 ‘Ditto’Official MV』
44.凪良ゆう『汝、星のごとく』
43.つやちゃん『私はラップをやることに決めた』
42.滝口悠生 植本一子『往復書簡 ひとりになること 花をおくるよ』
41.佐川恭一『シン・サークルクラッシャー麻紀』
40.山本文緒『無人島のふたりー120日以上生きなくちゃ日記』
39.小林啓一『恋は光』
38.宇佐見りん『くるまの娘』
37.劇場版まーごめドキュメンタリー『まーごめ180キロ』
36.上坂あゆ美『老人ホームで死ぬほどモテたい』
35.ロロ『ロマンティックコメディ』
34.カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス『私はヴァレンティナ』
33.真造圭伍『ひらやすみ』
32.伏見瞬『スピッツ論 分裂するポップ・ミュージック』
31.乗代雄介『パパイヤ・ママイヤ』
29.波木銅『万事快調〈オール・グリーンズ〉
28.松村圭一郎『くらしのアナキズム』
27.遠野遥『教育』
26.高山明『テアトロン:社会と演劇をつなぐもの』
24.ロロ『ここは居心地がいいけど、もう行く』
23.たらちねジョン『海が走るエンドロール』
22.佐々木チワワ『ぴえんという病 SNS世代の消費と承認』
21.川内倫子『球体の上 無限の連なり』(東京オペラシティ アートギャラリー)
20.玉田企画とゆうめいの「おたのしみセット」
19.劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM
18.藤本タツキ『ルックバック』
17.『見るは触れる 日本の新進作家 vol.19』(東京都写真美術館)
16.『進撃のノア shingeki noa』
15.TaiTan(Dos Monos)/玉置周啓(MONO NO AWARE)『奇奇怪怪明解事典』
14.乃木坂工事中「乃木坂46 バレンタイン大作戦」
13.押見修造『おかえりアリス』
12.東葛スポーツ『保健所番号13221』
11.濱口竜介『偶然と想像』
10.岡本真帆『水上バス浅草行き』
9.ダウ90000『ずっと正月』
8.高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』
7.乃木坂46『10th YEAR BIRTHDAY LIVE』(日産スタジアム)
6.高島鈴『布団の中から蜂起せよ: アナーカ・フェミニズムのための断章』
5.布施琳太郎キュレーション展『惑星ザムザ』
4.冬野梅子『まじめな会社員』
3.マイク・ミルズ『カモン カモン』
2.窪美澄『夜に星を放つ』
1.レオス・カラックス『アネット』
ダンスはおしまい
いつもなら校了1週間前は土日であろうと取材や入稿やその他もろもろの連絡が重なってくるのだけれど、その日はすべての作業が「待ち」の状態になり、エアポケットのような時間が生まれた。厳密に言えば細かい仕事はまだ残っていたが、今日はもういいやと思って15時からユーロスペースでレオス・カラックスの『アネット』を観ることにした。
渋谷駅に着いた時点で上演時間まで2時間以上あったので、センター街を抜けたところにあるサンマルクカフェに入る。隣で学生らしき男2人が、履修登録について相談している。ふたりとも揃いのサークルのジャージを着ていた。レジでホットのレモンティーを注文して、たまに届くSlackやメールを打ち返したり、YouTubeでマセキの事務所ライブ動画を観たりしながら上演までの時間を潰した。
スクリーンから一番離れた席で『アネット』を観る。『汚れた血』『ポンヌフの恋人』でもそうであったように、レオス・カラックスの作家性の本質はダンスシーンだと思っていた。特に『ポンヌフの恋人』での、革命200年の花火が打ち上がる橋の上でドニ・ラヴァンとジュリエット・ビノシュがワインを飲みながら踊るシーンはあまりに美しく、何度も何度も繰り返し観た。刹那的な幸福に全身を委ね、現実の苦痛を一時的にシャットアウトするダンスーーたまの「パルテノン銀座通り」(1998年)にも、『ポンヌフの恋人』のダンスシーンを彷彿とさせる一節がある。
ぼくらは時々恋人になって/くるったように踊りを踊りつづけて/ぶっこわれた笑い方を楽しみ/そうして言葉を全部うしなった夜に沈もう
(これはkitoriのカバー。原曲はYouTubeの非公式のやつしかないっぽい)
『アネット』にもダンスシーンは描かれていた。しかし、あの嵐の中でのアダム・ドライバーのダンスは、過去にカラックスが描いてきたような美しいものではなかった。カラックスは、決して悪い意味ではなく、もうダンスの効能を信じていないのだと思った。これ以上なにを書いたらいいかわからないから『アネット』は素晴らしい作品だったとだけ記しておきます。エンドロールの後のロングショットで泣きそうになる。
『アネット』は、“くるったように踊りを踊りつづけ”た後の人生と、娘の変化に主題を置いていた。そして多くの人が指摘している通り、カラックスが正面から有害な男性性を描いていることもこれまでに見られなかったことだった。
ダンスの後も人生は続く。あのポンヌフの橋の上のダンスを無批判に享受できる世界に私たちは生きてはいない。長く見ていた夢から覚めて、現実を直視しつづけている。
だから、うまく踊るための知恵が必要だ。ダンスのない世界で、現実を浴びつづけて暮らすのはつらい。コロナ禍で酔うことも踊ることもできなくなって、連絡不精に拍車がかかって、なぜか大人になった気分でいた。ユーロスペースを出て、渋谷駅に向かって道玄坂を下りる。昔、友人が連れてきた知らない人と肩を組んで踊り、酔い潰れて宮下公園でペットボトルの水を浴びたことを思い出した。23歳のころ、なんの生産性もなかった1日のことでした。
今、私は、どうやって踊ることができるのか?
2021年のあらゆるベスト50
5年間住んだ笹塚のアパートを出て、東京オリンピックからひたすら目を背け、高山一実の乃木坂46卒業に涙した2021年。ライター業と並行して編集業も増え、仕事でもプライベートでも多くの人と関わり、会話を重ねた。
ただ、休みもほとんどない1年間だった。この生活はあまりに持続性がなさすぎるので、このままだと持ってあと3年だろう。来年は週1回の休養と適度な運動、健康な食生活を目標にします。お酒もしばらくやめます。私は中島らもにはなれなかった。
仕事についてはnoteに別途まとめたので、よろしければぜひ。
もはやなんのランキングかわかりませんが、2021年に観たなかで印象的だった映像や本を50ほど上げて1年の締めくくりとします。音楽はちょっと覚えていませんでした。
今年は時間的にも空間的にも、スケールの大きい物語に惹かれるようになった気がします。コロナ禍での生活がミニマムになりすぎているせいで、私のあまりに小さな想像力を遠くへ飛ばしてくれるような作品が強く印象に残りました。
それでは、よいお年をお過ごしください。
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50.安本彩花『彩 aya』
今年買った写真集の中でも一番よかった。私立恵比寿中学の「イヤフォン・ライオット」も仕事に追われていた今夏のアンセムでした。
49.真造圭伍『ひらやすみ』
住む場所によって人生の時間感覚も変わる。6畳のアパートでの殺気立った暮らしを思い返すと、今の生活はずいぶん穏やかなものだ。
48.迷子『プリンタニア・ニッポン』
かわいい生き物を飼うマンガはだいたい面白い。
47.『さようなら花鳥風月ライブ』(神保町よしもと漫才劇場)
ニューヨークが仕組んだゲリラ戦のような雰囲気の中、令和ロマン、ナイチンゲールダンスといった神保町のスターがブレイクの狼煙を上げた。
46.岩倉文也『終わりつづけるぼくらのための』
「鍵」という掌編が強く印象に残った。『少女終末旅行』のつくみずによる装画も素晴らしい。
45.此元和津也『オッドタクシー』
ダイアンが好きになりました。
44.男性ブランコ『てんどん記』
男性ブランコの浦井さんはいよいよイッセー尾形になってしまうのではないか。
43.ねむようこ『こっち向いてよ向井くん』
ねむようこ先生の恋愛マンガに外れなし。ねむようこ先生とパンサー・向井慧の対談もよかった。
42.首藤凛『ひらいて』
直情的な主人公の行動に少しついていけない部分もありましたが、首藤監督の映像美と大森靖子のエンディング曲で感情を持って行かれてしまった。
41.加賀翔『おおあんごう』
笑い話に変えることでつらい現実を受け入れる、生き延びるための少年の葛藤と救いの物語。
40.藤本タツキ『ルックバック』
SNSで繰り広げられた議論も含めて今年を代表する作品でした。結論は保留。
39.山本文緒『ばにらさま』
山本文緒さんが亡くなったショックを抱えつつ、表題作「ばにらさま」の切れ味に震えました。
世代を代表する3人の名優たちはもちろん、有村架純はどんな作品に出てきても目を引くような存在感がある。
37.インベカヲリ☆『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』
今年のノンフィクション作品の中でも圧倒的な説得力があったのではないでしょうか。
36.ロングコートダディ『じごくトニック』
『M-1グランプリ2021』でも見せた「死後の世界」への想像力が溢れ出していた。堂前さんは森絵都の『カラフル』を読んだのだろうか。
アイドル文化をめぐるさまざまな問題について考えた1年だった。『推しの子』はひとつの補助線になると思う。
34.『爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ)8月17日放送回
メンタリストDaiGoの炎上を受けて、太田さんの「『ドン・キホーテ』っていう作品を見て、こういう作品に俺は救われると思った」という話。
33.三島芳治『児玉まりあ文学集成』
繊細な台詞まわし、美しい言葉の応酬に胸を打たれました。
32.滝口悠生『長い一日』
出張先で読み終わったあとに泣いていました。
31.細田守『竜とそばかすの姫』
中村佳穂とmillennium parade の音楽が圧巻。「名前を晒す」という行為が厳罰になり得るSNS社会のディストピアぶりの描き方もよかったです。
30.『さらば青春の光Official Youtube Channel』(YouTube)「【ドッキリ】内容伝えず花田優一を呼び出して抜き打ちファーストテイクを仕掛ける!果たして自分の曲を聴き分けられるか!?」
すべての企画がハイクオリティなさらばのYouTubeですが、そのなかでも花田優一シリーズは1秒も無駄な時間がなく笑えます。
29.押見修造『おかえりアリス』
ページをめくるたびに胸が締め付けられる。押見修造の最高傑作になるのでは。
28. 『ジェラードンチャンネル』(YouTube)「こっそりジャニーズに履歴書送ったら、母親が言いふらしてて終わった【ジェラードン】」
「空気の読めないお母さん」も突き抜けるとサイコホラーになるということがわかる。
27.日向坂46『ひなくり2021』
ライブを重ねるごとに演出のアイデアが良い方向に転がっています。今年もありがとう、日向坂46。
26.『ハライチのターン!』(TBSラジオ)ー『M-1グランプリ』振り返り
『M-1グランプリ』の感動裏話もさすがに食傷気味ですが、この岩井さんの語りはリアルタイムで聴けて本当によかったです。
25.ロロ いつ高シリーズファイナル『ほつれる水面で縫われたぐるみ』『とぶ』
ここ数年の小劇場シーンの人気を牽引してきた学園シリーズの完結編。「いつ高」の次に、誰が舞台で青春を描くのだろうか。
24.『乃木坂配信中』(YouTube)ー鈴木絢音が初恋の人を探す旅!
鈴木絢音の初恋ロードムービー。今年5月にスタートした乃木坂46のYouTube『乃木坂配信中』からついに最高傑作が出ました。
松田龍平も岡田将生も角ちゃんも大好きになりました。観終わったあともキャラクターに会いたくなるドラマはいいドラマですね。
22.和久井健『東京卍リベンジャーズ』
中学生のころに読んでいたらヤンキーかぶれになるところだった。あぶなかった。
21.ペス山ポピー『女の体をゆるすまで』
過去に助けられなかったことや自分がやってしまったことなどを思い出して呼吸が詰まるほど苦しくなりました。自分の中で及び腰だったフェミニズムへのスタンスが明確化した作品でもあります。
20.小泉明郎《AntiDream #2 (聖火儀礼バージョン)》
コロナ禍のオリンピックに対するカウンターとして非常に強烈なビデオアートだった。
19.中川龍太郎『息をひそめて』(Huluオリジナル)
夏帆世代の一員として夏帆が出ている作品はほぼすべて観ているのですが、近年では「架空OL日記」と並ぶハマり役だったのではないでしょうか。
鈴木もぐらは青春物語の語り手として卓越している。細部の記憶力も抜群なので、活弁士として新たなジャンルを開拓してほしい。
17.『PUI PUIモルカー』(テレビ東京)
モルカー版の『ラ・ラ・ランド』みたいな回で朝から深くトリップできました。
16.熊倉献『ブランクスペース』
感情を具体化する能力を持った少女の疾走感あふれるSF作品。社会の距離のとり方が絶妙。
15.『真空ジェシカのラジオ父ちゃん』(TBSラジオ)-大久保さん焼肉チャンス
「大久保佳代子杯」で優勝した川北は、優勝特典「大久保さんと焼肉に行ける権」「3万円」の2択で3万円を選択したが……。
14.現代思想 2021年11月号 特集=ルッキズムを考える
どの寄稿も素晴らしかったが、永山則夫らを引用した高島鈴「都市の骨を拾え」が傑出していました。
互いに生き延びる場所を探しながら惹かれ合い、ゆっくりと愛が育まれていく描写が美しい。
12.朝井リョウ『正欲』
「自分が想像できる""多様性""だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな」目を背けたくなる現実から人間の実存を問いかける作品でした。
11.土井裕泰『花束みたいな恋をした』
賛否両論ありましたが私は正面から食らってしまいました。京王線沿線で20代のすべてを過ごしてしまったので。
10.『乃木坂工事中』(YouTube)ー高山手作りかくれんぼ
乃木坂46として10年間を過ごした高山一実の思い出のグッズをたよりに、スタジオに隠れた本人を探す冒険譚。最後に居場所を突き止めるシーンでは涙が止まりませんでした。
9.ダウ90000『フローリングならでは』
完全にブレイクを果たしたダウ90000の旗揚げ公演、ハイテンポかつミニマムな会話劇が結実するラストが素晴らしい。
8.今泉力哉『街の上で』
学生時代に自主映画を撮ったり出たりしていた日々を懐かしく振り返りました。
7.夏目真悟『Sonny Boy』
自分の未来を自分で選び取る、という不条理な社会への抗い方を鮮やかな提示したアニメでした。
6.ヤマシタトモコ『違国日記』
主張すべきときに限って言葉が出ない私の背中を押してくれた作品です。
5.乃木坂46 『真夏の全国ツアー2021』
東京ドームでのツアーファイナルで、高山さんの卒業をようやく受け入れることができました。高山さんがこの世界のどこかで生きているというおかげで、明日から私も生きていけます。
4.濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』
西島秀俊もさることながら岡田将生がちょっとすごすぎました。遅ればせながらようやく年末に観たのでいろんな人と話したい気分です。
3.玉田企画『サマー』
苦労して積み上げた仕事もいびつな人間関係もめちゃくちゃになった物語のラスト、「またやり直せばええやん」という台詞にさまざまな場面で救われた一年でした。またやり直せばいい。
中学時代に同じ塾に通っていた親友から勧められてTSUTAYAでアニメシリーズを借りてから15年、どうにか私も大人になりました。
1.空気階段『anna』
社会構造からはみ出した人、他者との距離を上手にとれない人に寄り添ってきた空気階段が描いた恋の物語。もうひとつのライフ・イズ・ビューティフル。空気階段さん、KOC優勝おめでとうございました。
71kg
なんとなくしんどい出来事が続くと海を想像する癖があって、それは大学生のころに友人と何度か出かけた江ノ島だったり、子どものころに家族旅行で連れて行ってもらった沖縄のビーチだったり、『ヤンヤン夏の思い出』で主人公のNJが明け方に散歩をする熱海の海辺だったり。大学のころ、伊豆の旅館に内定が決まっていた友人と飲んだときに「海が近くにあれば大丈夫だと思う」と言っていたのを何度も反芻している。本人ももう覚えていないだろうけど、なぜか私はその後もずっとその言葉を覚えていて、それから「いつか海の近くに引っ越そう」と思っている。
8月はほとんど仕事がなかった。どうすることもできない事情があり、久々の休暇を満喫できるような状態ではなかったが、フリーランスは仕事がなければじっとしているほかない。この期間に考えるべきこと、自省するべきことは山ほどあった。自分の中での区切りとしてオリンピックは開会式だけ録画して観て、それ以降はTVをつけなかった。Twitterはあまりに情報が流れていくスピードが早く、自分で咀嚼して消化できる量をとっくに超えている。ようやく自分の中で考えがまとまったころには河村市長が金メダルをかじっていた。
複雑な事象をわかりやすい言葉にまとめるというのは意味のあることだろうけど、それは私の仕事ではない。世界はめちゃくちゃ複雑だからテキストはより複雑であるべきだと思う。わかりやすい言葉や咀嚼しやすいテキストへの警戒心は年々強くなっている。
なにもわからないまま、30歳になってしまった。
3月に引っ越した新しいマンションは快適で、その快適さがどうしようもなく不安になる。5年間住んだ木造アパートはキャンプ用のテントとちょうど同じくらいの住み心地で、それに比べると、外気を完全に遮断する鉄筋コンクリートの部屋はなぜかハリボテのように感じる。
Amazonでインテリアを揃えたり、料理に凝ってみたりするたびになぜか居心地の悪さを感じてしまう。仕事のない数日間を家の中にこもって過ごして、そのうちに海の近くの物件を探しはじめた。仕事の現場は都内がほとんどなのでまったく現実的ではないのだが、いつか古い一軒家を借りて海の近くで暮らしたい。
今年に入って8キロ太った。半年ほど前から周囲の友人には「ちょっと最近太ってさ」と時々こぼしていたのだが、それは「全然そんなことないじゃん」と言ってもらうための材料に過ぎなかった。しかし、今は違う。さすがに8キロ太るとシルエットも以前と同じではないし、誰の目から見ても明らかに太っている。原因は在宅勤務で自炊が増えたこと、禁煙のカフェが増えて煙草を以前ほど吸わなくなったこと、運動不足、昼夜逆転の生活、そして加齢による抗えない代謝の衰え。
ある程度太っていても健康な精神を持ったまま過ごせる人と、そうではない人がいると思う。私は完全に後者だ。「太ったんじゃない?」と言われたらかなり本気で傷つくし、現状それをイジられたとしてもうまく返せない。もともと目つきもしゃべり方もあまり上品とは言えないので、恰幅が出てくると見かけが悪すぎる。私はなんとなくシュッとしている、というイメージで10年以上やってきたのだ。これまで一度も太ったことがなかった。
私の言語感覚や所作やテキストはすべて63キロの私の身体によって生み出されたものであって、71キロの体にはなにもかもそぐわない。長髪も似合わないし、今まで買った服も着ることができない。あと今マジで人に会いたくない。
身体の物理的な質量やフォルムはアイデンティティと密接に結びついているのだと思う。現在の70キロ以上ある私は、かつての細身だった私とは別の人間になっていてもおかしくはない(舞城王太郎の『好き好き大好き超愛してる』でそんな話がありました)。
70キロ以上ある私はかつてのように好きな服を着ることができないし、カッコつけたセリフを言うことができない。最近、初対面の人には「最近太っちゃって……」と謎の言い訳をしている。そもそも以前の私を知らないのだから、なんのこっちゃだと思う。それくらい私は錯乱している。
高校野球を引退したとき、私は自分の野球人生を振り返って、自分が野球以外のなにも知らないことに心の底から絶望した。同級生たちが友人たちと青春を過ごし、素敵な音楽や映画に触れたりしている間、私は他のことに目もくれずにひたすら野球の練習をしていた。甲子園に行ったりしていれば美談にもなるのだが、野球と引き換えに失ったものの多さに愕然とした。
自分がどうしようもない野球バカに思えて恥ずかしくなり、今後はなるべくスポーツと関わらずに人生を歩もうと決めた。今となっては極端すぎて笑ってしまうような話だが、当時の私にとってはなかなか切実な問題だったのだ。
そうした自意識の障壁によって、「ダイエットのためにスポーツジムに通う」という選択肢をとることが難しい。ジムという言葉を聞くだけでぞわっとしてしまう。自分がまたスポーツが大好きな人間になってしまうのが怖い。高校時代、それなりにトレーニングに没頭した。少しずつ筋肉がつき、直球のスピードが上がるのが純粋にうれしかった。
たぶん、私はまたすぐにスポーツが好きになってしまう。それが怖い。
ただ、絶対に63キロに戻さないといけない。無理なダイエットは続かないので、とりあえず1ヶ月を目標に、炭水化物を抜いている。スポーツジムに通うかはその結果次第で考えようと思う。
以下、最近聴いたもの
FARMHOUSE - 朝が来るまで feat. EVIDENCE (official music video)
夜中に散歩するときに聴いています。
DENIMS - “I’m” (Official Music Video)
ロングコートダディの単独でも流れていました。
すばらしか - 隠そうとしてるだけ! (Official Music Video)
みんな言ってますがダウ90000蓮見翔さんの『夜衝』が素晴らしかったこともあって、劇伴で流れていたこの曲をなんどもリピートしています。
乃木坂46『思い出ファースト』
梅澤さんが大園さんからの手紙を受け取るシーンから泣けて仕方がなかった。最後の合唱、そして花火で完全にやられてしまいました。
ガクヅケ木田 - 後輩君(PV)
芸人雑誌編集長の福田くんが「マジで最高なんで」と教えてくれたガクヅケ木田さんのラップをずっと聴いている。マジで最高。
RYUTistはここ数年コンスタントにいい曲を出し続けているのですごい。
おわり
引っ越しをした
引っ越しをするなら2月がいい、と風水にくわしい友達が教えてくれた。なるべく寒い時期に引っ越しをすると運気が上がるのだという。そのときは話半分に聞いていたが、ちょうど更新のタイミングもあったので2月の最後の日に引っ越すことにした。家具と家電をすべて粗大ゴミに出して、本と漫画と衣類だけをダンボールに詰めた。
5年間住んだアパートは家賃6万円なりの住み心地で、台所の雨漏りや風呂場の隙間風など不便なところはいくつもあったがわりと気に入っていた。もともと整理整頓が苦手なたちではあるが、週末には掃除機をかけ、ベランダには商店街で買ったマリーゴールドの花を置いた。壁には日向坂46のポスターを貼って、お気に入りのマンガを本棚に敷き詰めて、それなりに豊かに暮らした。
心地よい暮らしはあまり長く続かなかった。引っ越すまえの1年間は本当に苦しかった。フリーランスになって多少は収入も増えて、家賃や公共料金をなんども何度も滞納していたころに比べるといくぶん経済的な余裕はあった。ただ、あるときから生活への愛着はぷっつりと糸が切れたように失われてしまった。理由はわからない。仕事が忙しかったとか、恋愛がうまくいかなかったとか、いくつかのできごとが積み重なって、ある日とつぜん臨界点に達したのだと思う。今までなんどもそういうことはあった。
これから誰もこの部屋に招き入れることはないだろう、と思うと急にすべてがどうでもよくなってしまった。またたく間に食器がシンクに積み重なっていき、浴槽にカビが生え、飲みかけのペットボトルや読みかけの雑誌やコンビニ弁当のゴミで部屋が埋めつくされていった。
私はとても外面を気にするので、息がつまるようなゴミ屋敷で生活しながら仕事用のシャツはいつもクリーニングに出したし、わりと高めな美容室に通った。一緒に仕事をする人には絶対にだらしない人間だと思われたくないというプライドがあった。ただ、あるとき取材で同行した仲のいいカメラマンから「なんか変なにおいがする」と言われたのはかなりショックで、次の日はほぼ丸一日コインラインドリーにこもってクローゼットにある服をすべて洗濯した。
もともと汚い部屋には慣れていたつもりだったが、ゴミ屋敷での生活は思った以上に精神的にも肉体的にも消耗が激しく、帰宅する気にならないので事務所近くのビジネスホテルになんどか宿泊したりもした。(年末に観た根本宗子の配信作品『もっとも大いなる愛へ』でもゴミ屋敷での生活に耐えかねた主人公の姉がホテルで暮らす場面があって、痛いほど共感できた)
あるときから私はここが自分の家だと認識できなくなっていた。旅先の宿で目覚めたときのように、「なんでこんなところにいるんだろう」と不思議な感覚に陥った。仕事をしているときだけはゴミ屋敷のことを忘れることができたので、荒れ果てた生活から逃げるように原稿を書いた。
不動産屋が紹介してくれた物件は、甲州街道沿いの古いマンションの4階だった。前の住人が引っ越したばかりだという角部屋の白い壁がまぶしかった。ベランダからの眺めがいい。もはやどんな部屋でも現状よりはましだと思った。内見を終えてすぐ、引っ越しの相談に乗ってくれた友達に「笹塚のマンションに決めたよ」とLINEを送る。私は環境の変化に適応できない。仕事用に三軒茶屋駅近くの事務所を借りているので、笹塚に住みつづけるのはどう考えてもコストパフォーマンスが悪かった。ただ、今はまだこの町に住んでもいいかなと思った。5年前に社会人になって、はじめて自分の意思で選んだ町だ。しばらくして、友達から「また笹塚にしたんだ笑」と返事がきた。
家具と家電をすべて捨てたので、もろもろの費用を含めると引っ越しは100万円近い出費になった。なんと馬鹿げていることかと思ったが、ダメになった生活をゼロから立て直すにはそれくらいの出費が必要だった。知り合いがオススメしてくれた長野県在住のおしゃれなインスタアカウントのお部屋写真を参考にしながらレイアウトを決めて、冷蔵庫や洗濯機、本棚、作業机、ソファーなどもインスタをチェックしながら買い揃えていく。時計や掃除機はAmazonでまったく同じものを買った。自分のミーハーぶりを実感できるのはなかなか気持ちがよかった。
服も半分以上を新調した。友人に連れて行ってもらった西荻窪のセレクトショップで、今まで履いたことのない太めのシルエットのボトムスを買った。両玉縁のポケットに丁寧な技術が込められているんです、と店主が熱く語っていた。まったく知らない世界だ、と思った。今までの人生で見過ごしてきたものの輪郭がくっきり見えてきて動揺する。「今まで着たことのない系統の服を気に入ってもらえるのが、この仕事でいちばんうれしいんですよ」と帰りぎわに店主が言う。
ようやく家具のそろった新しい部屋に帰ると、前に住んでいたアパートのことを思い出して胸が痛んだ。かつて同じように希望にみちていた私の部屋。朝に綺麗な光が入るのが気に入っていた。たまに訪れる友人とホットプレートで適当に肉を焼いて酒を飲んだ。勤め先の会社をバックれて宿を失った親友をかくまって、彼の実家に電話をかけた。カーテンの外が明るくなるまで恋人とそれぞれに本を読んですごした。階段を降りて送り出したあと、さみしさに襲われて布団にもぐった。狭くて貧しくてそれでも豊かな生活をダメにしてしまった自分を呪う。
引っ越して1か月が経ったころ、真夜中にアパートの近所まで歩いて行った。すでに新しい住人が入居していて、私がマリーゴールドを枯らしたベランダにはピンクのバスマットが干されていた。
新しい部屋の壁に敷き詰めた本と漫画だけがかつての暮らしの面影を感じさせる。愛着が少しでも長く続くことを祈った。惨めな20代がもうすぐ終わる。ここでもういちど生活をするのだ。
2020年のあらゆるベスト50
音楽、映画、お笑い、演劇、文芸などあらゆるカルチャーのベスト50です。
50- 浪漫革命『ふれたくて』
あらためて観ると少し懐かしい。6月当時はこういうディストピア的な未来を想像していたが、現実は果たして。いろんな意味で今年っぽいアイロニーだと思う。
49- 井上梨名『恋して❤りなウェーブ』
2010年代初期の電波系ソングを彷彿とさせるキッチュな世界観。櫻坂46次期エース候補のスーパーアイドルいのりこと井上梨名のディープな魅力が詰まった個人PVです。何回も観ていると情緒がバグってしまう。「君がすピーーーー」ってなんだよ。
48- 蛙亭『息子』
12月、ついにYouTubeチャンネルを開設。「お父さんの遺作のAVを親子で観る」という毒の効いた蛙亭らしいコントです。エロのさじ加減が絶妙。
47- 五反田団『業界人間クロダ』
5月に配信で観劇。演劇界と芸能界の微妙な力関係を描いたコメディで、ドラマの現場での演劇人たちの肩身の狭さにいちいち笑ってしまう。「STAND BY ME ドラえもん」でおなじみの山崎貴監督(と思われる人物)の出し方が悪意に満ちていて秀逸。
46- 平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』(KADOKAWA)
友達が不幸に見舞われたときに「助けることができなかった」と思ってしまうのですが、もしわたしが不幸なことになってもわたしの友達にはそう感じてほしくないです。ありきたりですが友達の存在をとても大切に感じる1年でした。
伝統芸能をまったく知らない人向けのガイドブックとして楽しく読めました。余談ですが私は九龍ジョー氏に憧れて雑誌の世界に飛び込んだみたいなところがあるので、九龍氏がこれだけ面白いって言うなら面白いんだろうと思う。実際めちゃくちゃ面白いんだろうな。来年は観に行きます。
44- 大九明子『私をくいとめて』
映画『私をくいとめて』本予告 〈12月18日全国ロードショー〉
年の瀬にヒューマントラストシネマにて。主人公ののんと親友の橋本愛が再会するシーンは『あまちゃん』ファンにはたまらない。岡野陽一のチャーミングな演技も最高でした。ただ林遣都はあまり魅力的に見えなかったのは、同じ綿矢りさ原作の「勝手にふるえてろ」の渡辺大知と比べてしまったからか。
43- 三木三奈『アキちゃん』(文学界2020年5月号)
「文學界」5月号掲載、第163回芥川賞候補作。トランスジェンダーの友人への愛憎入り混じった主人公のモノローグが強烈。内側からふつふつと滾る怒りの描写に迫力があった。終盤、社会的な正しさと個人の憎悪の感情の合間で揺れ動く筆致が卓越している。
42- HIHATT『THREE THE HARDWARE 4』
THREE THE HARDWARE 4-0「いまいますか?」
サイコロで出た目の金額で買った中古機材のみで音楽を作る、tofubeats主宰のYouTubeシリーズ。ジャンク品漁りの楽しさが詰まっているのでDTMの知識ゼロで楽しめます。やっぱり音楽つくる人ってすごいなー。ひとりでつくれるもんな。
41- ポン・ジュノ『パラサイト』
第72回カンヌ国際映画祭で最高賞!『パラサイト 半地下の家族』予告編
たまに池尻大橋〜中目黒のあたりを遠るたびに『パラサイト』を思い出します。私の仕事も実質的にパラサイトみたいなものですが、しぶとく生きていく勇気をもらいました。
40- てへりんこ『日本語ラップしかなかった浪人生たち』
今年のベストオブインターネットです。2010年代初頭のはてなダイアリーを思い出しました。あのころのTwitterには生きづらそうな人たちがいっぱいいた。どのエントリも退廃的なエロスが渦巻く名文です。
39- 藤井聡子『どこにでもあるどこかになる前に』(里山社)
父が現在も富山県に住んでいる関係でたまに富山を訪れている。「地元の人」でありながら、一度は東京に出た「よそ者」でもある筆者の視点の置き方が面白い。帰るべき故郷がない身ながら身に覚えのある感覚が蘇ってきた。
38- 根本宗子『もっとも大いなる愛へ』
伊藤万理華の演技がとにかく素晴らしい。「はじまりか、」も傑作でしたが、まりっかの声は本当に美しいと思う。翻弄された今年の演劇界のなかで次々と新作を発表し続けた根本宗子、自宅のPCで配信を観ながら作品に救われる場面が何度もあった。
37- 大前粟生『おもろい以外いらんねん』(河出書房新社)
もちろんお笑いは好きですが、日常生活レベルにまでいわゆる“お笑い”的な価値観が蔓延しすぎていると感じることがあり、「おもろい以外いらんねん」はタイトルがそのまま現状のお笑いへのカウンターになっていてリアルでした。「人を傷つけない笑い」の言葉尻をとらえて批判する言説も未だにありますが、単純に「古い価値観に基づいた前時代的な笑い」が賞味期限を迎えたのだと思う。それだけに「人を傷つけない笑い」へのカウンターを狙ったウエストランドのM-1のネタがただただ古く感じてしまったことは否めない。
36- 令和ロマン「【大公開】M-1グランプリ1回戦完全攻略本【小公開】」
M-1予選突破の具体的なアドバイスを紹介しつつ「M-1に出ようという発想、それがおもろいから」という一般参加者へのメッセージがよかった。高比良くるまさんにはぜひお笑いルポライターとしての活動も広げていってほしい。年末に公開された「松井ケムリの千本ノック」も感動。来年のM-1は令和ロマンの優勝に賭けています。
35- 『杉咲花のFlower TOKYO』(TOKYO FM)
ゴリゴリのお笑い深夜ラジオに少々疲れてしまった日曜の朝8時にちょうどいい温度感のトーク。「選曲ソムリエ」のコーナーもお花ちゃんのセンスが光っています。正月は『おちょやん』をまとめて観る。素敵な日曜朝の時間をいつもありがとうございます。
34- 台風クラブ『日暮し』
8ミリで捉えられた京都の風景に想いを馳せる。早くライブに行きたい。
高校演劇をテーマにした青春ストーリー。舞台制作の裏側を丁寧に取材して描いているので演劇ファンにうれしい小ネタもあり、なにより創作意欲と真摯に向き合う主人公の姿勢に泣かされてしまう。
32- 鯔を愛する男『うっかりどこかへ行ってしまいそう』
日本各地のブックオフをめぐりながらマニアックなガールズポップス史を掘り下げる、サブカル旅行記の金字塔です。先述の「THREE THE HARDWARE」もそうですが中古品ディグの魅力が詰まっています。
31- 『欅って、書けない?』(テレビ東京)
櫻坂46への改名にあたって大団円を迎え、最終回で番組定番の「スーパーボールキャッチ」で渡邉理佐が必死にスーパーボールを拾いに走る姿に感動しました。先生に怒られた後の学級会みたいな雰囲気の回も多々ありましたがメンバーの魅力がいちばん発揮できるのは街ロケだと思っているので新番組『ここ曲がったら、櫻坂?』に期待したい。
30- BTS『Dynamite』
BTS (방탄소년단) 'Dynamite' Official MV
「Dynamite」のえげつないクオリティのパフォーマンスを見てどハマりしてしまいました。リードヴォーカルを務めるジョングクのイケメンっぷりに日々癒されています。最近、私がとつぜん髪を緑色に染めた理由の8割はBTSの影響です。
29- Le Makeup『微熱』
「この夏は僕らを 騙したまま過ぎていくのかあの台風で飛んでったペンを自転車で探しに出かける」(「微熱」)
日記・記録をテーマにした本作、余計な装飾を省いたシンプルで鋭利なフレーズが胸に刺さるアルバムでした。夜中の散歩でよく聴いた。
28- HASAMI group『200年後のループ』
「意味がない言葉なんてないよいつか死ぬときが訪れても君のジョークは200年後もループしてる」
HASAMI groupの記念すべき20thアルバム。今年、QJで青木龍一郎氏のインタビューを実現できたのは私のライター人生において忘れられない出来事でした。
27- 水川かたまり『アサミ〜愛の夢〜』
手前味噌ですが、編集を担当した空気階段・水川かたまりさんの初小説。エロとリビドーが煮詰まって相当面白い作品になっています。『タイタンの妖女』に影響を受けたというSF的な構成も光っている。
小説はこちらに掲載。
26- 田島列島『水は海に向かって流れる』(週刊少年マガジンコミックス)
わかりあえない他人を言い負かす技術ばかりがSNSでシェアされる時代だからこそ、わかりあえるはずのない人たちが歩み寄って共同体を築いていく物語が胸に染みるなあと感じました。
25- 吉澤嘉代子『サービスエリア』
大学時代、友達と何度も夜中にドライブをした。ペーパードライバーのおれは助手席に座ってひたすら好きな音楽をかけさせてもらって、今思えば数少ない学生時代の美しい思い出。車がほしいな。サービスエリアで吸う煙草がいちばんおいしい。
24- 岡奈なな子「岡奈なな子の日常short movie」
胸元の蝶の刺青が最高にクール。コンビニ飯を食いながら観ていました。
23- オジロマコト『君は放課後インソムニア』(ビッグコミックス)
ほとんど家の外に出なかった5月、真夜中の散歩が生活の救いでした。夜更かしは反体制の意思表示でありわたしたち市井の人々にとってのいちばん身近なアナーキズムだと思うのです。積極的に夜更かししていきましょう。
22- 佐々木敦『小さな演劇の大きさについて』(ele-king books)
普段のように頻繁には劇場に足を運べなかった1年。「『小ささ』には、大きなものをも含む、さまざまなことを考えさせてくれる、たくさんのヒントが潜んでいる」という一節が印象に残る。
21- 『さらば青春の光がTaダ、Baカ、Saワギ』(TBSラジオ)
言うまでもなく「東ブクロの嫁決定戦」の常軌を逸したトークの数々が忘れられない。次々と現れる猛獣のようなセフレたちが牙を剥くなかで森田哲矢の手綱捌きがお見事。東ブクロもリスナーもみんなセックスが好きそうなところがいいです。
20- 町田洋『船場センタービルの漫画』(トーチWeb)
最後の「みんな幸福になってくれ」という一節が、苦しかった時期の救いになりました。
19- 石戸諭『ルポ 百田尚樹現象 愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)
右派論壇と呼ばれる人たちへのインタビュー、特に幻冬舎・見城徹氏、「Hanada」の花田紀凱氏の語りはすさまじいものがありました。断絶の裏側を丁寧に見せてもらった。私たちとそう遠くない場所に右派論壇の熱烈な支持者はいて、私たちと同じように日々を慎ましく過ごしている。
18- だいにぐるーぷ『アメリカ全土で1週間鬼ごっこしてみた。』
シアトルからロサンゼルスまでを鬼ごっこで縦断するロードムービー。映像のクオリティはもちろん、『ブレイキング・バッド』や『24-TWENTY FOUR』などアメリカ映画からの豊富なサンプリングが彼らの魅力です。
17- チェルフィッチュ『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』
毎日、家のすぐそばにあるセブンイレブンに通っているのですが、日勤のバイトの男がなぜか私にタメ口で、それがかなり不思議。5月〜6月は配信で過去の名作に触れることができたのがよかったです。
16- 冬野梅子『普通の人でいいのに!』(2020年モーニング月例賞)
10年近くサブカルをやっているのでたいていの自意識の問題には決着をつけたつもりになっていたのですが、まだ見て見ぬ振りをしていた傷がありました(この手の漫画やエッセイを読むたびに傷を負っていく)。でも、結果として海外に行けなくてもウラジオ行きの飛行機に飛び乗るくらいの行動力があれば大丈夫ではないでしょうか。
15- ぬ『ぽかぽかひらがなけやき』
ぽかぽかひらがなけやき9 pic.twitter.com/035IpqceZo
— ぬ (@numo46) 2020年8月10日
日向坂46をテーマにしたエキセントリックなショート漫画。キャラクターはデフォルメされまくっているが一人ひとりの魅力をしっかりと描いている。空飛ぶみーぱんがこさかなを助けにくる回、だーこののお見舞いにアルバムが届く回などは本当に彼女たちの関係性の美しさが描かれていてオタクとしては涙を禁じ得なかった。
14- 赤い公園『THE PARK』
赤い公園 New Album『THE PARK』全曲ダイジェスト トレーラー
4月、このアルバムを聴きながら何度も深夜の中野通りを歩いた。いろいろな意味で忘れられない一枚になってしまった。
事務所から家に帰るまでの間、ラジオを聴いている時間だけが私にとっての生活だった。もぐらが地元に帰って白鳥の親父と再会する回、オズワルド伊藤の寿司泥棒の弁明回、I’sの思い出を語る回、など名作を数えれば今年も枚挙に遑がないが、ひとつ挙げるとすればやはりM-1当日のかたまり離婚回だろう。『踊り場』にはふたりの現実の人生が滲んでいる。
12- 住田崇『架空OL日記』
本作に描かれた平凡な日常の尊さを痛切に感じた1年になってしまった。『私をくいとめて』と同じく、臼田あさ美は頼れる会社の先輩役が本当によく似合っている。平日の夜、ガラガラの映画館から出るときに後ろの席に座っていた女子ふたりが「今日、この映画を観てた人となら絶対楽しく飲める!」と話していて、私もそう思う、と言いたかったけど口には出さなかった。
11- 『日向坂で会いましょう』(テレビ東京)
どれだけしんどい一週間を過ごしても、日曜の夜になれば「ひなあい」の放送がある。それは私にとって週に一度の礼拝のようなものです。彼女たちがやがて卒業を迎えたときに、アイドルとして過ごした日々を美しい思い出として振り返ってほしい。どんな形で卒業を迎えたとしても、私は彼女たちの選択を心の底から祝福する。ベスト回は「「こさかなが言うもんだから日向坂46 4thシングルのMV解説を皆でしましょう!」です。
10- RYUTist『ファルセット』
RYUTist - きっと、はじまりの季節【Official Video】
“新潟市中央区古町から生まれたアイドルユニット”RYUTistのフルアルバム。今年初めて知ったのですが、柴田聡子が作曲を手がけた「ナイスポーズ」が最高です。KIRINJI弓木英梨乃の「きっと、はじまりの季節」も最高にイケてるポップスです。
9- 奥田泰『ザ・エレクトリカルパレーズ』(ニューヨークofficial YouTube)
ニューヨークのふたりが聞き手として卓越している。誰かにとっての青春もほかの誰かにとっては苦い思い出で、重層的に語られるNSC時代の青春エピソードは“芸人”という職業の悲哀をそのまま映し出しているように思えた。『爆笑問題&霜降り明星のシンパイ賞』で「舞台で2、3分しゃべっただけで打ち上げすんな」と上の世代の芸人をイジったEXIT兼近に対し、屋敷の「俺らからそんな毎日まで奪うなよ!」という叫びは“エレパレ”世代の芸人を代弁していたと思う。
「男女が一緒にいたら何が何でも恋愛になっちゃうの?」というマミちゃんのセリフが印象的。高校生たちが率直な思いや違和感をぶつけ合い、ときに摩擦を起こしながら関係性を進めていく姿勢に胸を打たれた。その真摯な姿勢がどれほど尊いことか。決してわかり合えなくても言葉を尽くした先に共生の道がある。
7- ロロ『いつ高vol.8 心置きなく屋上で』
9月、神奈川芸術劇場にて。ようやく生の演劇が観れることの感動を味わうことができた。旧校舎の屋上に魔法陣を描いて、夢見る高校生が空を舞う。広い舞台の上に懐かしい学校の風景が立ち現れていた。ロロの演劇を観るといつも誰かに会いたくなる。
6- 高橋栄樹『僕たちの嘘と真実Documentary of 欅坂46』
4/3(金)公開『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』予告編/公式
平手友梨奈の不在をめぐる守屋茜、小林由依らの語りはほとんど『桐島、部活やめるってよ』であると言えます。「大人の責任ってなんだと思いますか?」という問いは観客である私たちにも投げかけられている。
5- ヤバイTシャツ屋さん『You need the Tank-top』
ヤバイTシャツ屋さん - 「Give me the Tank-top」Music Video
初めてQJの表紙特集を担当したのがヤバTで、毎日深夜の帰り道に爆音で『You need the Tank-top』を聴いて元気をもらいました。およそ1か月の特集制作中だけでも100回くらいはリピートして聴いたと思う。日常の些細な出来事を拾い上げて大声で歌う彼らのアルバムは、こんな時代だからこそ多くの人に響くはずだ。巻頭の取材をお願いした兵庫慎司さんのヤバTについてのエッセイ(https://qjweb.jp/column/43028/)がそのまま彼らの本質を捉えていると思うので、ぜひこちらを読んでほしいです。
↑こちらもぜひ。
4- 『愛の不時着』(Netflix)
観ていて恥ずかしくなるほどの純愛ストーリーですが、夜中にタブレットを抱えて何度も枕を濡らしました。ユンセリがトラックで拉致されて、車中で泣きながらジョンヒョクに電話をかけるシーンで号泣。後半の韓国編では後輩兵士たちの魅力も存分に描かれていて、韓国の自宅に帰ってからのセリはますます美しく、いやあおそろしいコンテンツですねと身震いしました。1話1時間半、全16話を怒涛の勢いで駆け抜け、その後1週間は「不時着ロス」に。
3- MOROHA『主題歌』
コロナに翻弄されたこのご時世にやりきれない想いをいちばんストレートに、力強く歌ってくれたのはMOROHAだったように思う。白か黒かの大雑把な議論からこぼれ落ちる、曖昧で繊細な感情を彼らはまっすぐに歌っている。5年後か10年後か、いつになるかわからないけれど、「こんな時代だったね」と振り返られるような音楽であるはずだ。
2- 佐藤順一、鎌谷悠『魔女見習いをさがして』
おジャ魔女どれみ20周年記念作品 映画『魔女見習いをさがして』予告編
日曜の少年野球の練習が嫌すぎて家を出る直前までリビングで『おジャ魔女どれみ』を観ていたときの気持ちを鮮明に思い出しました。魔法が使えなくても(願いが叶わなくても)人生は続くし、大人になってからの友達は一緒に酒を飲んで寄り添ってくれる。もはや『ハッピーアワー』(濱口竜介監督)だと言っていいでしょう。
固有の人生を生きる人々の時間が重なり合ってこの世界はできている。こぼれ落ちてしまうような些細な出来事や通りすぎていく風景に目を向けて、今の時代を生きる人々のすべてを描き取ろうとする筆致に感動した。ミニマムな関係性のなかで些細な出来事や風景をずっと描いてきた江國香織だからこそ、現実の耐え難い苦しみや束の間の喜びに肉薄できるのだ。目の前の風景と真摯に向き合う限り私たちは政治的でいることができる。
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仕事の面では会社をやめてフリーランスになって1年が経ち、ありがたいことにほとんど休むことなく年末まで駆け抜けることができた。コロナの以前はさまざまな書籍やムック本に携わっていたが、下半期はほとんどQJの特集を制作していた。この時代に雑誌で伝える意義についてはひとりで考えを深めることができた反面、やはり人に会って新しい知識を吸収することだったり、ライブハウスや劇場や映画館に足を運んで生の表現を体験することの大切さも痛感した。
今年も1年ありがとうございました。
来年はこのブログも最低月1の更新ができるようにがんばります。よいお年を。
今日のラッキーカラーは金色
床に山積みになったTシャツやパンツやタオル類をベランダの洗濯機にぜんぶぶち込んでやっとひとつ仕事を片付けた気持ちになる。生活は壊滅的にだめ。誰かを家に招くために掃除をするなんてことをここ2年くらいやっていないので、そこらじゅうに衣類やペットボトルや読みかけの本が散乱したザ・ノンフィクションのような環境に身体を適応させてしまうほうがどう考えても楽だった。生き物としての尊厳がギリギリ保てるくらいの部屋で暮らしているが、部屋の外に一歩出ればまるで清潔で几帳面な社会人かのように振る舞うことができるので、さして問題にならないだろうと思っている。『オブローモフの生涯より』という映画があって、貴族の生まれのオブローモフは薄汚いソファの上でずっと寝そべったまま生涯を終える。現代のオブローモフは右手に持ったスマホで死ぬまでTwitterのタイムラインを延々とスクロールし続ける。目が覚めると外はもう暗くなっていて、洗濯機はすでに停止していた。もはや意識が追いつけないくらいのスピードで社会は変化しているというのに、この臨場感のなさはなんだろう。チェルフィッチュが『三月の5日間』を発表したのはもう15年以上前のことで、私が観たのは2018年のリクリエーションのとき。実は2000年ごろに人間の想像力はとっくに限界を迎えていて、Twitterに流れてくる文字情報は人間の集合知を0.00001%くらいに薄めて飲みやすくなっているから、私のようなバカ舌の生き物でも無限に飲み込めてしまうのかもしれません。ホテルの外からデモの音が聞こえる。限界まで薄められたインターネットの集合知をいくら飲み込んだところで臨場感というのは得られるものではなく、一度アプリを閉じてしまったら目の前には放置しつづけた洗濯物の山のほうがおそろしいほどの臨場感をもっているのだった。アプリを閉じてからも現実は重い。私は視力が両目で0.3程度しかないにもかかわらず、10年近く裸眼で生活している。人間の表情をはっきりと認識しないまま暮らしているのは、ただコンタクトレンズを目に入れるのが怖いからというだけではなく、ぼんやりとした視界だけを頼りにコミュニケーションをとっていたほうが精神の負担が軽減されるからだと最近気がついた。クリアな視界で相手の表情から繊細な情報を読み取ろうとすると、とたんに言葉が臆病になってしまう。いつも決定的な言葉を引き出すことができなかった。目の前の人間が明らかに嘘をついているとき、具体的には当時の恋人が必死に浮気を隠そうとしているのを察したときや関係の解消を告げようとしているときに、僕はまっすぐに相手の眼を見ることができない。決定的な情報を読み取ってしまったら傷ついてしまうから。なにもわかっていないのに察したふりをして、それ以上は何も言わないでくれと願ってしまう。同じ理由で、世界でいちばん面接がきらい。点数をつけられるためのコミュニケーションって、たぶん合コンとかもそうなのかもしれないけど、誰かに品定めされるのが本当にいやだった。そうやって決定的な言葉のやりとりを避けて生きてきたので、いつも私の言葉はどこか軽い。いちおうテキストを書くことと編集をすることでギリギリの生計を立てており、言葉の力を信じていますなんて薄っぺらいことは言いたくないのですが、自分が書くテキストについては日々それなりの時間を割いて悩んでいる。この日記以外の雑誌や広告などの原稿はすべて仕事としてクライアントから受注しているので当然ながら締め切りがあって、どれだけ悩んでいても期日までに回答用紙を埋めなくてはならない。編集者にファイルを送付したあとに、あるいは印刷所にデータを入稿したあとに、いつも「軽い」と感じる。目の前の現実に対して、あるいは決定的な意味に対して、私のテキストは常に軽い。悪い意味で筆が走り過ぎていることがある。それを苦しく思うが、そこはこれからも付き合い続ける痛みなのでこれ以上は誰かに話すことではないのかもしれない。昨日は早稲田にあった事務所の荷物をすべて引き払って自宅に送った。入居していたビルは老朽化のため取り壊されることになって、今月で4年の歳月を過ごした早稲田の街に別れを告げることになった。シェアオフィスは解散し、私はどこかにひとりで自宅兼事務所を構える予定だったが結局、前職の会社の仲間と一緒に三軒茶屋の新しいオフィスに引っ越した。寂しがり屋なので。三軒茶屋は歩いているだけで楽しいのだけれど、早稲田という街のいかがわしさも私にとって居心地がよかった。上の階には韓国の新興宗教が入居していて、日曜日になると賛美歌が聞こえてくる。コロナ関連のニュースで連日話題になっていたあの教会の日本支部だ。深い関わりはなかったがいい人たちだった。駅に向かう道すがら、事務所を離れていった同僚たちのことをたまに思い出す。最後の荷物を引き上げたとき、上の階に住んでいた老人に「もうみんないなくなっちゃったのかい?」と声をかけられてすこし寂しくなった。もう戻ってきません、お元気で。この街にひとつだけラブホテルがあって、隣の部屋から漏れてくるこの世の終わりのような喘ぎ声を聞いた。天に向かって切実に祈っているような、とても叙情的で動物的な声だった。「この先の人生で、あんなにすごいセックスをすることないんだろうなあ」と恋人は言った。なんというかそれは彼女にとっても自分にとっても決定的な言葉だと思った。私が勝手に尊敬している同業者の方がここ数年ずっと「徹底的にプライベートであることが肝要である」と書かれていて、それはおそらく半分は疑うべきで、半分は本当のことなのかもしれない。おれはプライベートな地点からしか語ることができない。こういうことを考えるとき、長島有里枝のスナップショットがプライベートな地点から社会へ、政治へと肉薄したということがいつも自分の考えの拠り所になっている。『PASTIME PARADISE』という写真集がとても好きで、まずタイトルが素晴らしいですよね。夫の南辻史人を撮影した『not six』にはものすごく説得力があった。私はおそらく決定的なテキストは書けない。ただ決定的な言葉や決定的な場面をカメラのシャッターを切るように(そんなのは無理なのだけど)、焼き付けておくことだけがたったひとつのできることだ。こうやって日記を書くのはその後の暗室作業のようなもので、あとは自分の裁量で引き伸ばして露光を調整することでなるべく決定的なものに近づけていく。ちゃんと暗室作業を学んだことがないのでよくわかりませんが。おれは大学を出てから写真をほとんど撮らなくなった。撮らなくなったというよりも撮れなくなったというほうが正確かもしれない。テキスト以外でなにかを伝える手段を持たない今、日常を異化するためにはもはや占いくらいしかすがるものがない。乙女座のあなたはお調子者に見えて根はしっかり者。フットワークが軽いので、表面的には軽い感じに見られやすいですが、実は芯があり、ひとりでコツコツと進める時間も好きなタイプ。自分のやり方にこだわり、ずっと同じような服を着やすいタイプなので、流行のファッションを意識してみましょう。吉方位は西北西。ラッキーアイテムはココナッツフレーバーのハンドクリーム。ラッキーカラーは金色。だから今日は半年ぶりに美容院に行って、髪の毛先をブリーチして金色に染めてみました。超おしゃれ!