午前3時、中野車庫にて

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 ゴールデンウィークの直前に依頼されていた仕事をようやく片付けてベランダで煙草を吸っていると、大通りのほうから男女が言い争う声が聞こえてきた。深夜2時。わざわ痴話喧嘩を見に行くつもりはなかったけれど、連休中は昼過ぎまで寝ていたせいで今から布団に入っても朝まで眠れないだろうと思ってサンダルを履いて外へ出た。

 上はショッキングピンクadidasのパーカー、下は旅先で買った迷彩柄の短パン(ダサい)。ずっと家にいたせいで3日ほど同じスウェットしか着ていなかったから、少し派手な服を選んだ。

 しばらく歩くと目線の先に高速道路の明かりが見える。カップルの喧嘩はもう終わっていた。セブンイレブンで買った安いイヤホンでandymoriの「Sunrise&Sunset」を聴いている。andymoriファンの知人と飲んだとき、小山田壮平への思い入れを語る彼女の熱量があまりに高かったので久々に聴いてみた。真夜中の路上を歩くには少しテンションが高すぎるかもしれない。このあたりで唯一、深夜まで営業していた中華料理店の前には休業中の貼り紙が掲げられている。

  中野通りはずっと一本道だから、景色の変化がよくわかる。歩道橋を過ぎて、神田川へ向かってゆっくり坂道を下っていく。ガソリンスタンドの前の植え込みには発泡スチロールの箱があって、その中でレコード盤くらいの大きさの亀がいる。泳げるほどの広さはない。

 ファミリーマートの前の灰皿は先月にもう撤去されている。昔、テレビで見たことのあるお笑い芸人と居合わせたことがあったが最後まで名前が思い出せなかった。ミュージシャンだったかもしれない。コーラを買おうと思って、財布を忘れたことに気づいた。

 

 京王バスの車庫の前を通るといつも青山真治の『EUREKA』を思い出す。だだっ広い駐車場に停車したバスを捉えた、冒頭のロングショット。大学の映画の授業で、横長のバスの全体がスクリーンにおさまるようにワイドのレンズで撮影されているという話を聞いた(記憶違いかもしれない)。人生でトップ10に入るくらい好きな映画だ。

 勤勉な学生ではなかったが、映画の授業だけは休まずに毎回出席していた。大学2年のときには、授業の課題で仲のよかった友人と自主映画を撮った。特に企画に口を出したり脚本を書いたりするわけでもなく「ヤマモトのイメージにぴったり」という友人のひとことで、“通学路でいつも女子高生のパンチラを狙っているニートの若者”の役を演じた。講評ではあまりよい評価を得られなかったが、「あのニートの子のふてくされた演技がいいね」と教授に褒められた。決して演技ではなく、当時は常にふてくされた顔をしていたのだった。

 

 神田川で折り返して、30分ほど歩いてアパートへ戻る。深夜3時。ほとんど誰とも連絡をとっていないから、ずっと昔のことばかり思い出してしまう。不安なこともないわけではないけれど、今日はきっとよく眠れる。

 

 日に日に減っていく預金残高を眺めていると「あーあ」という気持ちになるけれど、「あーあ」と思うだけで営業活動をがんばろうとかそういう気持ちにはならない。ほとんど家に引きこもっているにもかかわらずこれだけお金がなくなるのは「これが最後になるかもしれない」と思って中野のブックファーストで手当たり次第に本や漫画を買い漁ったせいで、ネット上に存在するあらゆる動画ストリーミングサービスに加入しているせいでもあった。

 それで最近はずっと漫画を読んでいる。特におもしろかったのは『君は放課後インソムニア』。真夜中に誰かと会うのってなんであんなに特別な気持ちになるのだろう。スケボーの世界にのめりこんでいく女性たちを描いた『SKETCHY』もおもしろかった。そのほか最近買ったものは、セックスレスの夫婦をテーマにした『あなたがしてくれなくても』、『リバーエンド・カフェ』、『埼玉の女子高生ってどう思いますか?』、『水曜日のシネマ』、『まくむすび』など。すべて全巻まとめて買ったので、歩いて持ち帰るのが大変だった。

 

 昨日は江國香織の最新刊『去年の雪』を読んでいた。100人以上の登場人物が交差したりすれ違ったり、些細な風景が繊細な筆致で書き込まれている。たびたび話しているが高校生のころからずっと江國香織に心酔している。

 GW中に伊藤計劃SF小説『ハーモニー』を読み返した。すでに多くの人が指摘している通り、これから訪れる「新しい生活様式」の絶望を予測しているように思えて仕方がない。学生のころ、発売されてすぐに読んだのだけど、当時はそこにアクチュアリティを感じることができなかった。今はウェルベックの『セロトニン』を読んでいる。先週Amazonで注文した大山顕の『新写真論』が届くのを楽しみにしている。まだ届いていない。

 

 これからどんどん仕事がなくなっても、生活費はたぶん月11万円の最低ラインさえ死守しておけばとりあえず生活はできる。本は図書館で借りるしかなくなるけれど、なんとかなるだろう。おそろしく意識が低いようにも思えるが、もともとそんなものです。幸いにも今は逼迫した状況ではないが、逆に考えると最低ラインの収入がある限りひとり誰にも干渉されることなくずっと狭い部屋で生き延びることになる。最近はアルバイトをはじめることばかり考えている。アルバイトが好きだから。